まだまだ
先なんか見えないけど


このまま何処まで
歩いていけるかなんて
分からないけど









『光』










電話ではなくて、メールだった。



何故電話をかけることができなかったのか。
真夜中だというその理由は
オレ、花井の中で言い訳にしかなんなかった。
「朝焼けを一緒に見よう」と田島に向かって文字は打ったが
ほんとうはただ逢いたかった。それが本音だった。



このままあいつがメールに気がつかなくて
返事が来ないまま朝を迎えたとしても
それはそれで仕方ないと思っていた。
断られても仕方ないな、とも。
どこかに必ず逃げ道を用意しようとしている自分が
少しばかり嫌になっていたのだが。



オレらしくない。
午前2時過ぎの突然のメール。
だが返事はすぐに来た。
「いいよ」
3文字だけが携帯のディスプレイにあっさりと表示される。
寝ぼけて打ったんじゃねーだろうな、と不安になる。



外は昼間ずっと降っていた雪が積もっている。
が、今はもう止んでいて、今日の天気予報は快晴だ。
日の出の時間は調べてある。
その時間に合わせて、学校の正門で待ち合わせをした。
田島からの返事は先ほどとまったく同じ3文字だった。
正門だぞ。他のところじゃないからな、と携帯に向かって呟いた。



自分にとっての世界が
明けるまでは長い時間を要して。
欲している太陽の光は
まだここではない国を照らしていた。








秋の終わり。
冬待ちの季節の頃から、田島がオレを少し避けるようになった。
これでも二人、バッテリーも組んでんだから
やはりその変化には小さくても気がついてしまう。
犬っころのように自分に纏わりついていた田島が
あまり抱きついても来ず自分に触れようともしなくなって
その理由が分からなくて、ずっと…悩んでた。
気持ちのコントロールすらできず、揺れていた。
けれど自分のことを考える余裕もなくなるほど
あの頃の西浦高校野球部は皆がいろいろ抱えてた時期で
あちこちにフォローを入れ状況を把握していくのに大変だった。
目まぐるしく時間が過ぎて、気がつくと冬になっていた。




こちらに向けられる笑顔が無くなった訳ではないけれど
やはり足りないと思う。
オレにとっての田島は太陽でその光の絶対量が足りなかった。
どうにかしたくて動き出したくて、その勇気がなかなか出ないまま
オレと田島の間には大きな間隙が出来ていくようだった。






だからこそ
逢いたい、と思った。









夜の闇が薄らぎそこに藍が混じるようになってくる。
光はその存在を増してくる。
世界が今日も明けていく。
朝焼けはちゃんと見れそうだ。



雪の中自転車をこいで待ち合わせ場所の学校に近づく。
田島からはメールが入った。
「着いたぞ」今度は4文字。
相変わらずシンプルなメールだ。
「オレもそろそろ着く」と返す。
自然に口の端が笑顔を形作っていく。
子どもみたいに、どきどきする。
このどきどきの分だけ、オレは自分の幸せを実感できていた。



学校の正門に近づくと、
門扉を乗り越えようとする田島の姿が目に入った。
敷地の奥に向かって走り出す。
慌てて正門前に自転車を止める。
「こら、田島っ!」
止まろうという気はないらしい。
待ち合わせ場所から勝手に移動してどうする!
自転車はそこに放置し、オレも門扉を越えて敷地内に入る。
雪を足を取られながら走る。







東方からの光はさらに増し、様々な色が空を彩っていく。
「空見てみろ!」
第1グラウンドに入ってった田島に声をかける。
太陽の昇るその方向を指差す。
田島は足を止め、空を見上げてそのまま動かなくなった。
オレは走るのをやめ、歩いてゆっくりと田島に近づいていった。



きらきらの瞳で朝焼けを見上げている田島の横に来て、
「綺麗だろ」とひとことだけ言った。
朝が早い自分達は朝焼けを見る機会は多い。
だが、雪が積もり1面の銀世界の状態で
その白と共にある朝焼けの空を
迎えることは滅多にあるもんじゃなかった。
見れてよかったし、見せることができてよかった。



「…花井は」
「ん?」
「オレにこれを見せたかったのか?」
田島は視線を空に置いたまま、オレにそう訊いた。
「…いや、その…。たぶん違うな」
「?」
朝焼けを見せたかっただけなのかというと、それは違う。
「今日がこんな風に晴れていても、曇りでも雨でも
雪なんか積もってなくても一緒だった」
田島は怪訝そうな顔つきでこちらを向く。
「言ってる意味がよく分かんねー」
「お前最近変だったからさ」
「ずっと変だったのはそっちじゃねーのか?」
ああ、やっぱお前も気づいてたのか。
どうしてなのかはわからないけど、
オレ達ずっと変だったぞ。
言いたいことはあっても上手く言葉に出てこない。
「ああくそ、そういうことじゃなくて」
「分かんねェ」
思考がぐるぐる回り始めた。
オレは2、3度首を振り、大きく息を吐いて言った。
ほんとうの、大事なことだけを言った。
「お前に、逢いたかったんだよ。ただ逢いたかったんだ」






田島はオレの顔をじっと見つめて。
突然膝を折って雪の上に倒れた。
「田島っ?」
目の上で腕を組んでいて、田島の表情は見えない。
「はない、痛い」
「え、あ、…今どっか打ったのか?大丈夫か」
倒れたときにどっか打ったのかと思い、慌ててしゃがむ。
流れる涙の筋を見て、何も言えなくなった。
「ずっと痛い。も、辛い…」
薄く開けられた口からは嗚咽が漏れた。
ど、どうして泣いてるんだ?
ずっとってことは倒れた痛さで泣いてるんじゃない。
…オレ、なんかしたか?
「田島、どうした」
顔が見たくて、田島の腕をはずそうとする。
「…やだ、よ」
掠れた声でそんなことを言う。
オレはどうしていいのか分からなかった。
胸だけが締め付けられるように痛くて、
痛くてどうにかなりそうだった。
「じゃ、話せよ。言わなきゃ何にも分かんねェぞ。
オレもそんなに人間できてねーけど、何でも受け止めてやっから」
田島はびくりと震えた。
「だからそんな風に泣くなよ」
重ねて言った。
理由も分からず、目の前で泣かれてしまうのは本当に辛い。
オレは手を離し田島の傍に腰を下ろした。
まだまだ時間はある。
焦ることはない。ゆっくり待とう。
先程より青空が広がって明るさを増してきている。
白の世界にある綺麗な綺麗な空を見上げた。








なんで泣いてるんだよ、田島。




この綺麗な空を見せたいよ。








「はない」
「ん」
しばらくして、やっと田島は口を開いた。
「オレ…野球好きだ。スゲー好き」
「うん」
「ひいじいとか、じじばばたち家族みんなも大好きでさ」
「お前はそうだったな」
「…ねぇなんで?」
「……」
「なんで花井への好きはこんなに痛い?」




何だって?
言われた言葉が、ちゃんとその意味を理解して届くまで
暫しの時間を要した。
野球の好きも家族に対する好きも痛くはないけど
オレに対する好きだけは痛い、と
どうして痛いのか分からない、と
そう田島は言っているのではないのか。
それって。
それって自分の田島に対しての想いと一緒じゃないのか。



もしかすると田島は
その痛さの理由が分からなくて
分からないまま、それを抱えているのが辛くて
…オレのことを避けていたのかもしれない。



この痛さや辛さはオレも持っている。
あの秋の時間に、逃げるのを止めて見つめて自分のほうに引き寄せた。
大事な自分の想いなら持っている。
きっと同じものだ。
それは…
「…好き、が痛い?」
田島の顔の真上に上半身を持ってきて、直接訊いてみた。
「うん好き。でもぎゅって痛い…」
「それは恋だよ」



答えなら持っている。
「田島はオレに恋をしてるんだよ」








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2006.3.13 up