こわしてしまわないと
こころのなかに
かくれているものはみえない



みつけてほしい
ほんとのこころ



そしてまた
つながることができれば








『グラスハート7』










クラスが違う、と言ってしまえば確かにそうなのだけど。
オレ、栄口がいる1組は7組9組とは教室がある階も違って
その分状況を把握するのが遅れてしまっていた。





「ケガしたのって…阿部だったの?大丈夫なの?」
5時間目の休み時間に1組に花井が顔を出した。
噂になって流れていた昼休みのコトについて簡単に話をした。
「…ということで、もし自主トレになったらお前と巣山に部のこと頼めるか?」
「いいよ」
「状況が状況なんで今日はないかもしんねェけどな」
そうかもしれない。7組9組が全員部活どころじゃない状況なら
それも有り得るだろう。
「シガポとモモカンに確認とってそっちに連絡すればいいんだね?」
「電話じゃなくてメールで頼む。オレはこれから校医のトコに行くから」
「わかった。阿部のケガ、たいしたことないといいな」
「……栄口」
声のトーンを少し落として名まえを呼ばれた。
「ん?」
「水谷だけど」
突然水谷の名まえが出て、驚く。
「水谷が…どうかしたの?」
「今日あいつ頑張ったから、あいつにしてはすっごく頑張ってたからさ。
栄口から声かけてやってくれよな」
「……」
「最近なんだかみんなぎくしゃくしてうまくいってねーよな。
特に水谷が落ち込んでおとなしくしてると気になっから」
「…うん」
それ以上の会話はチャイムの音に遮られ、花井は去って行った。
さすが主将、よく見てるな。
周りのことが見える分人3倍くらい苦労してそうな気がする。









『すっごく頑張ってたからさ』と花井は言っていた。
そっか、水谷頑張ったんだな。










保健室にいるはずの水谷からメールが来たのは放課後だった。
本文はなし。
件名のみで、その件名が『会いたい』だった。
本文がないのはワザとなのか、そうでないのかはわからなかったけれど
すごくうれしくて。うれしくてうれしくて。
花井に言われたからではなくても、何か水谷と話したくて。
今日の部活は中止が既に決定していたので、まず7組に顔を出した。
ガラスはすでに業者が入って新しいものに代わっていた。
こんな風に人の心も、
ガラスのような心も簡単に修復できればいいのに、と思う。



水谷はまだ保健室から戻ってないらしく、カバンだけが持ち主を待っていた。





保健室に向かう。
まだ三橋の調子が悪いのかな?
会ったらにっこりと笑って、「お疲れさま」と言ってあげたいな。




けれどドアを開けたら水谷はいなかった。
「水谷は…?」
浜田の姿を認めて、そう問うた。
「ちーす」
「ちす、浜田もいろいろ大変だったね。ねえ水谷は?」
保健室の中に入る。
三橋もいなくて、ベッドには泉が眠っているようだった。
「あいつ三橋連れて阿部ん家まで行ったけど…」
「カバンやら何やら7組に置いたままなんだよね、また帰ってくるのかな?」
ちょっとばかり不安になる。
『会いたい』と言葉をもらって、オレも会いたくなった。
このまま今日会えなかったらいろいろ引きずってしまいそうだった。
「たぶんまた学校に帰ってくるんじゃねーかな?」
「ありがと、携帯に連絡してみる」





そのままベッドに近づいて、泉の顔を覗き込んだ。
顔色…あまりよくないな。しばらくは起きないかもしれない。
今、そしたら浜田と2人…なんだよな。
「泉…大丈夫なの」
「ん、たぶん。起きたら連れて帰るよ」
「ね、浜田、あのさ…」
「なんだよ」
オレは第三者でしかないのに、言ってしまうのは傲慢なのだろうか。
でも泉を見てきた。
彼の抱えている気持ちを知ってしまってもいた。
す、と息を吸う。
「………もうはっきりしてやんなよ。
このままだと泉がすごく辛そうで見てらんないんだよ」
浜田はさすがに驚いた顔をしていた。
人の恋愛に口を挟むつもりなんてなかったし、そんな資格も自分に
あるとは思ってないのだけど、それでも言わずにはいれなかった。
そのくらい泉の焦燥ぶりを知っていたから。
「…ドコまで知ってんのさ」
「だって…えと…、告白して返事もらってないって聞いたけど」
「栄口には話せてたんだな…。こいつ独りで抱え込んでるかと思ってた」
「なんで」
次に続けるべき言葉が霞のように消えて行った。
それでも真っ直ぐに浜田を見つめていた。





「全部オレがわるい」
「好きじゃないの?」
「…ちゃんとオレは本気だよ。それだけは栄口に知ってて欲しい」
オレだけ知ってどうするの。
どうしてそれを泉には言わないの。
「そのこと泉は知らないのに?」
言いたいことはいろいろあったのだけど、
もうそれ以上続けられず押し黙ってしまった。
「ゴメンネ」
浜田は笑みを見せながらそう言ったけれど、
オレはどうすればいいのかわからなかった。













『水谷のカバンは預かった。
返してほしければ、1組の教室まで顔を出すように』
もらった『会いたい』のメールを、
そう本文をつけて水谷に返信する。




7組はまだ閉まってなかったので水谷のカバンを取ってきて
水谷が来るのを待った。1組の鍵を職員室から借りて、教室で。
窓の外、暮れ行く空を見上げていた。







水谷に会いたい。









辛い気持ち誤魔化して
ほんとの気持ちは隠したままで
それでもこちらに向けられる笑顔でいい。



オレを幸せにしてくれる
水谷の笑顔に会いたい。























もうどれだけ待っただろうか。
夕闇が世界に色を落としていく頃
やっと教室のドアが開く。




「栄口…」
その声に振り向いた。
「みずた…に…」





どうしよう。






教室に現れた水谷のその顔は何故かがんがんに泣いていて。
「会いたかったよ」とそれだけを言った。
溢れ出る涙はそのままで、水谷はこちらに近づいてきて
伸ばされた腕でぎゅっと抱き締められた。





どうしよう。
笑顔が見せられないよ。





熱いものが胸の奥から競り上がってきて
嗚咽となってオレの外に出て行った。





どうしよう。
笑顔が見せられないよ。
涙が止まらないよ。














オレも水谷の背に腕をまわし
抱き締めあって2人で泣いた。



何故こんなに泣いてしまうのかは
とうとう分からないままだった。







けれど
抱えているものは大きかったのだ。












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2007.2.25 up