こわれても
こなごなになっても




つないで
べつのものになってしまっても




あきらめない
ぜったいに
あきらめてはしまわない








『グラスハート8』










痛かったのは手の傷より、心のほうだった。









「来んな!!三橋!」
こちらに近づこうとしている三橋に
オレ、阿部は声を荒げる。







今更何故、拒まなければならないのか。
三橋から伸ばされた手、その手を取ってやりたくても
現在のこの状況がそれを許さなかった。
流れる血。
いくつもの傷。
自分の周りに散らばっているガラスの破片。





例えばこの状況でも、ここにいるのが2人きりだったら
オレは流れる血も何もかも放って三橋のところに駆け寄って
自分の傷より三橋の心にできた傷の方をまず塞ごうとするだろう。
けれどここは教室で。
たくさんの人間がいて。




オレはオレの心のままには
動くことはできなくて。





張り上げたオレの声に震えながらも
三橋はこちらに近づこうとしている。
手を伸ばして。
三橋の後ろに水谷の姿を見つける。
「危ねェから近寄んな!!水谷!そいつこっちに近寄らせんなっ」
「やだぁっ!阿部君っ!!」
泣いてしまいそうで、こんな注目を浴びている中で
それだけは避けたくて黙り込む。
三橋の自分に向けられた悲痛な声は何処かで傷になりそうだった。
それは手にたくさんついている傷とは
また違うところに、見えない刃が鋭利に食い込んでいた。









「三橋…」
気を失った三橋を見て、胸が詰まる。
涙で視界が揺らいできたが、その雫を落とさないようにと
必死でオレは目を見開いていた。












まったくの誤算だったのは、校医先生のところから担任の車で
真っ直ぐ家まで強制送還されてしまったこと。
学校側は今回の件をかなり重く見ている。
ケガ自体はオレも9組の2人もたいしたことがなくてラッキーだったのだが
数ヶ月前にどこかの中学校で生徒がガラスに突っ込んで
死亡事故になってしまったケースがあり、そのせいなのかもしれない。
後で花井は学校側に事情を聞かれることになっているようだ。




カバンは誰かに届けさせるからと担任は言っていたが
三橋の様子が気になって、いてもたってもいられない。
でも自転車も学校だし、この手では何もできない。
加えて母親がこの状況で自分を家から出すわけもなく…。
なら三橋をどうにかしてここに呼ぶしかない。






三橋に会っておきたい。







いや違うな…ただ、会いたい。








三橋の携帯に電話をしようと思ったが
学校ではいつもカバンに携帯を入れっぱなしにしているのを知っていた。
保健室に運ばれたのなら電話には出られない。
そういえば、水谷はどうか?
あいつなら肌身離さず携帯を持っているに違いない。
電話に出られる状況ではないにしても着信表示があったら
向こうからかけなおしてくるだろう。




かけた電話に水谷が出た。
「水谷か」
一応確認する。電話の向こうからは慌てた声がした。
『なんでオレなの、三橋にかけねェの?』
「あいつ携帯カバンの中だろ。…三橋は?」
『阿部、いまドコいんの』
返事になってない。少々イラつく。
「強制送還で家!三橋は!?」
『一度目を覚まして、また今眠ってるよ』
オレのイラつきには慣れてるのかまったく動じてない水谷だった。
「そうか…」
『荷物どうする?家まで持って行こうか?』
カバンはどうでもいいんだが…。
「水谷」
『なぁに?』
「お前一番オレたちの事情をわかってっだろ?三橋を連れてきてくれ、頼む」
『おやま、そういう物言いはめずらしい』
舌打ちの音が電話の向こうに通り抜けて行く。
笑い声が微かに向こうから届いて、眉根を寄せた。
「茶化すなよ……会いたいんだ」









こんな気持ちで1日を終わりたくない。
三橋に会って、たぶん涙でいっぱいのはずの目を見つめたかった。
そのまま腕をまわして優しく抱き締めたかった。
手に力は入れられないけれど。
大丈夫だよと。
大好きだよと囁いて。









『ねぇ阿部、それちゃんと本人に言ってあげなよ』
「ああ?」
『起きたみたい、三橋に代わるね』
驚いたオレの耳に、三橋の震えた声が届いた。
『あ あべ、くん』
「三橋」
『……』
「三橋」
『あべくん…』
「オレ、…お前に会いたい」
『う…あ』
三橋の目はもう涙でいっぱいだろうなと思いつつ、何度も繰り返す。
「家まで会いに来いよ。会いたいよ」
『あべ、くん!』









もしももしも
2人の間で何かが壊れたとしても
お互いが持つガラスの心の何処かが欠けても
決して諦めはしないんだ。
変わっていくものはあるはず。
手を伸ばして再び繋がって
また2人で歩き出すんだ。









三橋に会えたなら
今度はオレのほうから手を差し伸べよう。







それだけをただ、思った。




















サイト開設1周年記念作品
ここまで読んでくださってありがとうございました。
そして、お題「続・グラスハート」にそのまま続いていきます。




BGM : レミオロメン『追いかけっこ』





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2007.2.26 up