ふたたび
つなげないと
おもうまえに



まだかんぜんには
こわれてないと
しんじていた










『グラスハート4』










それはとても天気がいい日の昼休みで
田島とオレ、泉は教室で机に突っ伏して日課のお昼寝をしていた。
夜あまり眠れてないので、貴重な睡眠時間だった。
三橋はいつもの通り、7組の阿部のところにお邪魔になっている。







意識の遠くでガラスの割れる音がした。
近くではなく、遠くで。
どうしたんだろうと思っていると、体を急に揺すられた。
「泉、起きて泉」
浜田の声だ。
「ん…」
「7組でなんかガラス割れたらしい。今田島が飛んでった。
ケガしたのうちのクラスのと…阿部だって」
阿部がケガって…。7組は三橋がいる、ヤバイ。
がばっと跳ね起きた。







そのまま慌てて教室を出ようとしたら、浜田に腕を掴まれた。
「ちょっと待て」
「手ェ離せよ何だよ」
「お前、三橋のトコ行くんだよな」
「分かってっこと訊くな、離せ!」
「三橋はお前にまかせっから。
職員室は誰か行ってっだろうし、オレ事務室行ってくる」
「事務室?」
「ガラス割れたんならすぐにガラス屋呼ばねーと。二次被害は避けてーしな。
学校ってトコは出入りのガラス屋があんだよ、割れること多いからな。
業者関係は事務室にまず話つけねーと」
「分かった」
頷いて、オレは浜田をじっと見る。
さすがというか。亀の甲より年の劫というか。
その1年の差を認めるのはイヤなのだけど。








7組の前まで来たら、廊下側のガラスが割れていた。
うちのクラスの連中が数人いて、いつも昼休みにオニごっこしているヤツらで
ああ突っ込んだんだな…とそこまでは理解した。
阿部がケガしたってことは席にいたんだな、2列目だし。
三橋はどこにいるんだろうと思う。







「来んな!!三橋!」








教室の中から阿部の声が聞こえた。
「危ねェから近寄んな!!水谷!そいつこっちに近寄らせんなっ」
小さく舌打ちをして、床に落ちているガラスの破片を踏みつつ
田島の横を通り過ぎる。
「三橋はこっちまかせろ!」
「おう」
クラスのヤツのケガはそんなにひどくはなさそうで、まずそれに安心した。




オレが教室に入るのと三橋が叫ぶのは同時だった。
「やだぁっ!阿部君っ!!」
三橋はぼろぼろに泣きながら、水谷に押さえられているにも関わらず
それでも阿部のほうに近づこうとしていた。
「クラス戻ろう、三橋ぃ。阿部は大丈夫だから、きっと大丈夫だから」
水谷も彼なりに必死だ。
「このまま授業はたぶんムリだ。三橋保健室連れてくぞ」
「いずみー」
ふにゃ、と顔を歪ませた水谷を見て、
三橋の状況はあまり楽観できないと推測する。
「泣かないでよー」
そう言う水谷の方が今にも泣きそうだ。
泣きながら暴れる三橋を2人で教室から連れ出そうとする。
「おら、水谷。オメーもしっかりしろ。引きずってでも連れてくから」
と言いつつも、傷だらけの阿部を見て視界の奥が妙にぐらりと揺れている。









その時、支えていた三橋の体が重くなった。
どうやら気を失ってしまったようだった。










水谷が三橋を背負って、保健室まで歩いて行く。
その後をただ黙ってついて行く。
見れば水谷はまだ泣きそうな顔をしている。
でも泣かないように頑張ってる。
「なぁ泉」
「ん」
「三橋にとっては阿部がケガしちゃったことも、近づこうとして
それを否定されちゃったことも、どっちもきっと辛かったんだろうな」
「…うん、そだな」
阿部のケガは見る限りそんなに深くは切れてなくて
傷跡は少々残るかもしれないが野球を続けて行くには支障がないだろう。
たぶん校医のところに真っ直ぐ連れて行かれると思う。
良かったと思う。











あいつのようにはならなくて、よかった。












「重くないか?水谷。背負うの代わろうか?」
「ダメ」
声をかけると即座に否定された。
「なんで」
「泉…顔、真っ青だもん。大丈夫?オレ心配だよ」
まいった。気づかれてた。
確かに7組のあの状態を見たときから、ひどく気分は悪かった。








水谷は保健室のベッドに三橋を下ろす。
養護教諭は不在だった。つーか、きっと7組に行っているのだろう。
「オレ、しばらくここにいるから」
そう言って水谷は、三橋が眠っている傍に丸椅子を持って来て座る。
「じゃ、三橋を頼む。オレは戻るから」
「泉」
強い調子で名まえを呼ばれた。
ドアの方に向かっていた俺は驚いて振り返る。
「泉もここにいるの」
「なんでだよ。お前ここにいんだろ?三橋の傍についてんだろ?
クラスの様子も気になるし、だから…」
「ダメだよ」
より強い調子で否定の言葉を吐かれてしまった。
オレの前にいる水谷は水谷じゃないようだ。
「オレがここにいるから、泉も休んで」
「オメーは何言ってんだ!大丈夫だから!」
「その強がりはオレには通用しない。自分の顔鏡で見てごらんよ。
これ以上みんなを心配させたくないだろ、泉も」
「……」
そう言われると、どうしようもなかった。
自分の状態をどうしたんだろうと思う。
立っているのもやっとぐらいにふらふらで。
「ベッドも空いてるし、ね」
水谷のふわりと笑うその顔と彼らしくない調子の声には抗えなくて、
もうひとつのベッドにしぶしぶ横になった。
そしてすぐに意識は途切れた。










どのくらい保健室のベッドで眠っていたのだろうか。
目を覚ますと、浜田がいた。
保健室に2人きりだった。びっくりして起き上がる。
「なんでオメーここにいんだよ!三橋と水谷は!」
「もう授業終わったんだよ。今日は部活はなしになったってさ。
三橋は目を覚まして水谷と阿部の家までいってる」
「クソ…オレひとりのんびり寝てたってのかよ」
「何言ってんだ、そんな顔してて」
ちゃんと横になって、と言いながら、浜田はオレの両肩を掴み
ゆっくりとベッドに寝せていく。
「阿部も大丈夫だからな」
「うん」
「なあ泉」
「んだよ」
「泉の今日のダメージって、
その根っこのところにオレの肘のことがあるだろ?」
ずばりと核心を衝かれて言葉に詰まる。
どうしてそんなとこだけ真っ直ぐなんだ。
「ねぇよ」
「ウソツキ、泉」
頬に浜田の掌が触れ、優しく撫でられる。
浜田の笑顔が、悲しかった。







オレのこと、本気で好きでもないくせに。













それでも
浜田にはお見通しなんだ。
きっとオレのことは何でもわかっちゃってるんだ。






泣きたくなった。
すごくすごく泣きたくなった。
潤んだ目を見られたくなくて…
手の甲で隠してしばらく黙ったままでいた。
ずっと泣けなかったのに。
あの夜に泣いて泣いて泣き過ぎたせいで
もうずっと泣けないままだったのに。











「泉…帰ろ」
「……」
「帰ろ」
「家、帰りたくない…」
涙が出てきた。止まらなくなりそうだ。
こんな顔と気持ちのまま、親と顔を合わせたくない。
「じゃ、オレん家いこ。…いいだろ?」
手を外し、揺れる視界のままに
オレは浜田の目を見つめて…小さく頷いた。
















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