こわれてもいいと
おもってしまうのは



それはじぶんの
みとめるよわさで




またつながればいいと
そうおもってしまうのは



きっとじぶんの
もっているつよさで













『グラスハート2』










昼休みももうすぐ終わろうとしていた。





オレ、花井は窓際後ろの自分の席に座って、
透き通った青空と流れゆく雲を見ていた。
先程阿部と話をしたこれからの練習メニューについて
頭の中で少しまとめてみる。












その思考は響く大きな音によって唐突に遮断された。







何かがぶつかる音。
すぐに、ガラスの割れる独特の音。
悲鳴にも似た女子の声。
視線の先に割れた廊下側の仕切り窓に近い席で
しゃがみこんでいる阿部の姿を見た途端、血の気が引いた。
「阿部!!」
座っていた椅子を後ろに跳ね除けて阿部に近づく。
ガラスの破片だらけの床を見て顔を顰める。
ざわめき、散らばる声も音も鼓膜からいくらでも侵入してくる。
「大丈夫か」
「…痛ェよ」
咄嗟に顔を庇ったのだろう。
両手に小さな傷がいくつもいくつもできていて、
そこから血が筋になって流れていく。
「……っ」
声にならない、音にすらならない。掠れた呼吸音だけが飛び出した。
呆然として動けなかった。









「花井っ!!」
認識したのは田島の声だ。
割れて空間ができた窓越しに視線があった。何故そこにいる。
「花井…お前、動けよ!何ぼーっとしてんだよ!
ケガしてんの阿部だけじゃねーんだよ!」
そうだ。
こちら側にガラスが割れたということは、誰かが廊下から
突っ込んできたということで。
田島がいるということは9組の誰かかもしれなかった。
そんなことを考えてる場合じゃないと首を振り、
息を大きく吸ってオレは立ち上がった。
取り巻いている人の輪の中に青ざめた篠岡の姿を見つける。
こちらにタオルを投げてきた。さすがよく気がつくマネジだ。
篠岡は他にもタオルを持っていて、廊下に出ようとしていた。
助かる。
阿部の傍にいるクラスメイトにタオルで血を拭くように頼む。






廊下に向かってオレは声を張り上げた。
「7組以外で関係のないヤツは、ここから離れてくれ!
ケガしてるヤツ、そっち何人いる!?こっちは阿部だけだ」
「こっち2人!2人とも9組!たいしたことない!!」
田島の声が廊下から飛んできた。
たいしたこと…ってのがどれくらいかわからないが、少しは安心する。
長袖の時期だったからよかったのかもしれない。
もし夏だったらと考えるとその分怖さが忍び寄った。
「7組のみんなはちょっと場所あけてくれ。危ねェから」
人の輪が広がる。
職員室に先生を呼びに行った、との声。
「了解」と返す。
阿部の様子はと振り返ったときに、その阿部が叫んだ。








「来んな!!三橋!」








そうだ、三橋がいたんだ。
辿った阿部の視線の先に、手を伸ばしこちらに向かってくる三橋の姿を見た。
「危ねェから近寄んな!!水谷!そいつこっちに近寄らせんなっ」
水谷が慌てて三橋の後ろから肩を掴んでいた。
「三橋、ダメだよ!危ないよ!」
「やだ」
「やだじゃなくて!」
「やだぁっ!阿部君っ!!」
三橋の悲痛な叫び声が教室内に響く。
辛そうな阿部は痛さのせいなのか、それ以上は言葉を発しなかった。
ただ三橋をじっと見つめ続けていた。





阿部の手の血が拭いても拭いても流れ続けて止まらない。
ひとつひとつはそんなに大きな傷ではないのに。
教師を待たずに先に保健室に連れて行ったほうがいいのかもしれない。
ああ、額からも少し血が滲んでて、見ているのがオレでも辛くなる。
来ている薄手のセーターは脱がせたほうがいいのだろうか。
阿部の三橋を傍に寄らせたくない気持ちが十分に分かる。
血だらけの姿を見せたくないだろうし、
何よりガラスの破片が散乱しているところに三橋を近づけられない。
大事な投手だ。その手にケガだけはさせられない。






「三橋…」
掠れた小さな声で阿部が名を呼ぶ。
見ると三橋は気を失ったらしい。
たぶん水谷らに抱えられ、そのまま保健室に連れていかれるのだろう。
オレは…阿部のその目が潤んでいるのを見逃さなかった。















阿部と三橋の2人は、所謂付き合っている状態ではないのだろうかと
オレは思っている。
三橋が昼休みに7組に来出した頃からではなかったろうか。
水谷もそんな2人の関係を知っているはずだ。
7組にいれば分かる。
上手く言えないが7組にいるときの2人は
野球をやっている時とは少し感じが違うのだ。
穏やか…というか、そんなで。
とくに阿部の穏やかさは野球をやっている時とはまるで別人のようで
だから三橋も怯えることもなく存分に甘えているような気がする。





2人のことを、少し羨ましく思っていた。












弾けるような笑顔でオレに抱きついてきていた田島のことを思い出し、
切なくなる。
いつからなのだろう。
抱きつくこともも、ろくに自分に触れることも田島がしなくなったのは。








ただこちらを見つめる視線だけは、
いつもいつも真っ直ぐで射抜かれるようなのに。














その後、すぐに教師が何人か来て
阿部とケガした9組の2人は一応校医に見てもらうことになった。
田島もついて行くらしく「ひとりでいい」と言い張っていたが
きちんと状況を説明できるのかが怪しかったし、
こちらはこちらで後で校長教頭に経緯を話さなければならなくなったので
9組側の話も聞いておきたくて無理やり同行した。





教室は7組のみんなが協力して片付けてくれた。
ガラスは業者が早くに入れ替えに来たので驚いた。
確かに割れたガラスが全部が落ちずにぶらぶらと下がっている状態だったので
かなり危なくはあったから、良かったと思う。
部のことは栄口と巣山に頼んで学校を出た。








阿部は治療を受けている間もずっと何かを考え込んでいた。
たぶん三橋のことだろうとは予想がついていた。
3人のケガ自体は傷は残るものもあるかもしれないが
たいしたことはなかったようで胸を撫で下ろした。
突っ込んだ9組のヤツは呆れるほど元気で、よくそのくらいで済んだものだと思う。
2人についてきていた田島もやっと笑顔を見せていた。














そしてオレは
田島と話さなければならない。
校長室へ行く前に9組側の話も聞いておきたかったし、
それだけではなく、もっと違うことも。
放課後、携帯メールで田島を部室に呼び出す。






逃げられないようにちゃんと手を
田島の手を掴まえとかないと、とオレは思った。






窓から見える空はこんなにも晴れているのに
太陽が、遠かった。













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