こわれていくのかな




あきらめずに
つながって




そしてまた
かたちになるのかな













『グラスハート1』










秋から冬に向かう季節だった。
青空は世界の上方に広がって、薄い雲がその青を横断していく。
風はけっこう冷たいけれども日差しはまだまだ暖かい。







オレ、三橋が昼休みに7組まで来て阿部君の前の席を借りて眠る、
毎日の日課になっている、安心できてとっても幸せな時間。
秋になって阿部君は席替えをして、廊下側から2列目の席に移っていた。
前の席は水谷君ではなかったけれど、水谷君のおかげで
話をつけてもらっていつも阿部君の前の席にお邪魔することができた。







目を覚まして顔を上げると阿部君の横顔が目の前にあった。
まだぼーっとした頭で、それでも視線を動かすと花井君がいて
二人は何か話をしているようだ。
こちらを阿部君はちょっとだけ見て
「起きたのか」そう言って頭を軽く撫でてくれた。
うれしくなって、口元が緩む。
阿部君はまた横を向いて花井君と話している。






阿部君の横顔はとても好きだ。
深い墨の色をした瞳をじっと見つめるのが好きだ。
ずっとこうして見つめていたいな…とも思うのだけど
そんなわけにはいかなくて、昼休みが終わるのが残念でしょうがない。
「三橋もまた後でな」
花井君が小さく手を振り離れていく。
オレも手は阿部君の机の上に置いたまま小さく振り返す。
「三橋」
「あ、うん」
「予鈴、もちょっとで鳴るから9組戻んないとな」
「…うん」
離れたくないな。
ずっとずっと離れたくないな。
オレが前に泣きながら伸ばした手、
振り払わないでちゃんと掴んでくれた阿部君。
その手をずっとずっと離したくないな。
阿部君を見る。
オレのほうを向いて照れたように笑って「また放課後な」と言ってくれた。




















その場を離れ、7組の教室のドアを開けようとしたところで
すごく、大きな音がした。





















衝撃だった。
足元が揺れるくらいに、耳に響いた。
そのくらい大きな音に感じた。
破裂するような砕けるようなそんな音にも聞こえた。
女子の小さな悲鳴がいくつもあがる。




音のするほうを、見る。





















































廊下側のガラス。
割れて。





阿部君に、降っていた。
























一気に教室内はざわめきを増し、いろんな音が声がオレの耳に入り
頭を混乱させたまま通り過ぎて行く。
立っているその場所が、地震でもないのに揺れているような気がする。
「阿部!!」
花井君の叫んだ声に、いきなり現実に引き戻された。





机の横にしゃがみこんでいる阿部君に花井君や他の7組の人が駆け寄る。
咄嗟に両腕で顔をかばったのだろう。
薄いセーターの腕はともかく、
両手にいくつもの小さな傷ができている。
阿部君の手から赤いものが流れるのを見た時に
自分の視界も赤く染まっていった。






立ち尽くしているオレの周りで
人も声も音もごちゃごちゃになっていく。
今の自分がどういう状態なのかもわからない。









けれど、阿部君が。



オレの大切な阿部君が。








傍に行こうと数歩歩いて手を伸ばしたら、
オレに向かって阿部君が叫んだ。








「来んな!!三橋!」










だってだって。
阿部君、痛そう。




大きな声に身を震わせながらも、
それでも近づきたくて。









「危ねェから近寄んな!!
水谷!そいつこっちに近寄らせんなっ」









たくさんの音の中で、阿部君の声だけが自分に言葉として届いていた。






でも。
どうして。



いたそう。






血が流れてる。
オレの球を受ける阿部君の手。






視界は赤く染まったまま水の中にいるように
ゆらゆらと歪んでいた。
オレはまた泣いているのかな。
もう1歩踏み出したいのだけど、後ろから両肩を掴まれて動けない。
「三橋、ダメだよ!危ないよ!」
水谷君の声、後ろから。
でも。
「やだ」
「やだじゃなくて!」
首を振る。





「やだぁっ!阿部君っ!!」
ぶんぶんと頭も腕も振って、水谷君から離れようとする。






おねがい。
阿部君のそばにいかせて。







「クラス戻ろう、三橋ぃ。阿部は大丈夫だから、きっと大丈夫だから」
「このまま授業はたぶんムリだ。三橋保健室連れてくぞ」
「いずみー」
ああ、泉君の声。
オレを迎えに来たのかな。




でも。
おねがい。
阿部君の、そばに。



「泣かないでよー」
「おら、水谷。オメーもしっかりしろ。引きずってでも連れてくから」



だって、血が…。
視界はどうしたのか赤くて。
阿部君を見ても
どれがどこまでが血の色なのかが分からない。














『ならオレ3年間ケガしねェよ。病気もしねェ!
お前の投げる試合は全部キャッチャーやる!』
阿部君の笑った顔が浮かぶ。
あれはまだ夏に向かう時期だった。





ずっとバッテリーではいれなくても
阿部君の横に自分の居場所があると思っていた。
どんな時でもその居場所に
自分が居ることができると思っていた。
なのに。
なのにね。







ああ、何だろ。
赤い。



記憶の中の、その阿部君の笑顔に
赤い筋のようなものがいくつも流れて。





















そのまま、
世界は真っ暗になってしまった。












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この『グラスハート』に向かって、
青空シリーズはずっと進んできました。



BGM : レミオロメン『追いかけっこ』





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