触れ合うことから
始めよう












『お手をどうぞ 3』













4時間目が終わり、
パソコン室から教室へ戻ったと同時に
オレ、泉は田島に向かってどかんと雷を落とした。



授業の始まるチャイムが鳴っても
田島がパソコン室に来ていない。
どれだけオレが焦ったか。
情報の先生への用事がなければいつものように
首根っこ掴んで引っ張っていっただろう。


そもそも浜田に後を頼んでおいたはずなのに!





「いや〜ごめん泉っ。三橋はちゃんと見てたんだけど
いつのまにか田島いなくなってて」
浜田が慌てて謝りに来た。
「オメェにはたいした期待はしてなかったけどな」
「ひでェ」
頭をかりかり掻きながら笑顔で言うあたり、
こいつらしいなと思わずにはいられない。
「や、でもさ」
「何だよ」
「あいつらお守りすんのも大変だなァ…って実感しちまって」
オレは浜田の目をじっと見て。
二人の間に沈黙がすとんと降りた。降りてしばらくは動かなかった。
「……今ごろ、実感かよ。ばぁか」
沈黙に耐えかねて、そう言葉を相手に向かって放り投げた。
「泉」
「んだよ?」
「お手!」
浜田が掌をこちらに向けていた。



オレは二人の間に沈黙を無理やり降ろした。
もちろん手も降ろしたままだった。
「…いや、三橋がさ、さっきの休み時間の話なんだけど」
沈黙を突き破って、声のトーンも落として浜田が言う。
「阿部と幸せそうにお手しちゃってて」
「ふーん」
オレが7組の前を通った後、そんなことがあったんだ。
「で、泉もしてくんないかなぁって…ダメ?」
「ちゃんとダメだって分かってんだな」
「ああっ!やっぱり?」
ちぇ〜と唸りつつ、昼飯を取りに浜田は自分の机に向かう。





その後姿を見つめつつ、オレはそっと手を上げて
気付かれないように。
そう、決して気付かれないように、
相手のいないお手をした。
動いた手は小さく揺れて。
もちろん音もしなかった。







オレも
素直じゃない。



いつからこんなにも素直じゃなくなったのか
自分でも分からなかった。
浜田が自分と同じ位置に留年というカタチで下りてきてから、
どうも未だに上手く距離感を掴めないでいる。



あんまり自然にオレの傍にいて奴は笑っているので
逆にオレは笑えなくなっていく。



何とも思っていないならよかった。
嫌いならなおのこと、そのほうがよかった。



ああ、やはり。
素直じゃないな。










昼飯も和気藹々と食べ終えて、
騒ぐ田島に注意を向け始める時間帯に
オレを呼ぶ声がした。
「泉!」
声に振り向くと、ドアから栄口が顔を出している。
まだ「お手〜」とうるさい浜田を押しのけ
教室を突っ切って、廊下に出た。



「いつも9組は楽しそうだな」
「いんや騒がしいだけだろ?こんな辺境までどした。
わざわざ階上から降りてくるなんて」
「7組で今日の打ち合わせなんだよ」
「ああ部長会議?今日は花井にアメムチどっちがついてくんだよ」
アメムチ副主将、どちらがアメでムチなのかは
今更わかりきってるので言わねェが。
「あちらだね。ちょっとはムチ振りたいみたいだし」
言いながら互いに笑う。
「わかった、三橋には阿部は遅れるって言っとく。
田島と投球練習…でいいんだよな?
てか、阿部は自分で言いに来るんじゃね?」
「はは…かもね」
栄口は柔らかい笑顔でそう言った。








だんだんと教室内が騒がしくなってくる。






栄口は手を振り、7組へ向かって駆けてった。











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BGM : スピッツ『リコリス』






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