触れ合うことから
始めたい












『お手をどうぞ 4』













今日の昼休みには栄口が1年7組までやってくる。
放課後の部長会議の話し合いを主将と副主将でやるらしい。
るんるんらんらん♪と心躍るオレ、水谷は
栄口と「お手」したいな〜と
そんな密かな野望を抱いていた。





「いい加減自分がお邪魔だと気付けよ」
「えーいいじゃん、阿部。
オレ、ちゃんとおとなしくしてるからさ」
「騒がなきゃいんじゃねェのか?」
「はないー」
席が前後してる阿部とオレの横に、花井が椅子を抱えてきた。
購買の中にある自販機で買ったらしい
ブリックパックの飲み物各種も抱えている。
さすが主将だ。
栄口が座る場所も確保しようとその辺から
椅子をずず…と引っ張ってくる。




「フミキく〜ん」
声に振り向くと、
クラスの中でも綺麗さトップクラスの女子が立っていた。
「ポッキーいる?」
ポッキーを一箱差し出される。
「お、くれんの?ありがとっ♪」
「野球部話し合い?」
「そうそ、今日会議あっから」
「水谷、おまえは関係ねェだろが」
阿部の厳しい声が響く。ヤベっ。
「がんばってね〜」
女子は笑顔で手を振って離れていく。



「フミキく〜ん…って呼ばれてんだ」
声。この声はっ。
「栄口…」
「よ」
笑顔が硬い栄口とうろたえるオレと
どこかでプチっと音がしてそうな阿部を見て
花井が慌てて立ち上がる。
「栄口座れよ、始めようぜ。いろいろ買ってきたんだけど何か飲む?」
「…じゃ、ヨーグルト。ありがとう」
「あ、オレ『寒天蒟蒻』!しゃりしゃり感サイコーっ」
オレも手を上げる。ありがと花井。
「夏は凍らしてあるから美味いよな。阿部どれがいい?」
「ああ、花井サンキュ、コーヒー牛乳で」
言いながら阿部は何だかの資料を机の上に広げ始めた。





やっぱ話し合いの邪魔しちゃ良くないよなと思い、
音楽聴きながら『寒天蒟蒻』のストローくわえながら
椅子の上、膝を片方抱え込んで…俯き加減で上目遣いで栄口を見てた。



ずずずとブリックパックを吸う音が出てびびる。
阿部の視線にびくびくしてると
栄口が「音、すごいね」と小さな声で言ってくれた。



うれしい。
いつも栄口は優しい。
オレだって優しくしたいのに、
優しくされてばかりで。


「お手」…したいけど、
みんな真面目に話してるし
阿部が怖いしで、チャンスがないよな。





3人の話聞いてると、来年の話もしていてびっくりする。
部費がどうとか、後期生徒会の査定がどうとか。
…新設したばかりの硬式野球部、そんなに部費は多くなくて。
モモカンの負担、減らしたいよな。
1年生の主将で、野球部はハンデ大きいけど
なんとか他の部長とやりあおうとしてるんだろな。



「おし、昼休みあと5分で予鈴。こんな感じでいっか」
阿部が資料を片付け始めた。
栄口は「終わったよ」とオレに向かって笑顔で言った。
えへへ…ポッキー食べる?



栄口はポッキーを1本受け取ると、阿部に向かって言った。
「そういえば雑誌、
『報知高校野球』貸してくれるっていってたよね」
「ああ、ロッカーにある、取ってくる」
阿部は立ち上がり、廊下にあるロッカーへ向かう。



これは…チャンスかも。


「さ、栄口っ」
「…何?」
「お手!」と言って、オレは手を出した。
栄口はぽかんとしていた。
横で花井がすごく驚いていて、それに気を取られる。
「3時間目の休み時間に、三橋と阿部が仲良くお手してさ。
…オレ、オレも栄口にしてもらいたいな…なんて、思ったりして」
だんだん声が小さくなり、俯いてしまうオレ。
ううう…野望のはずなのに。
栄口は手を口元に持っていって笑う。
そして。



「水谷の負け」
そう言ってまた笑う。
顔を上げると、栄口は手をチョキの形にしていた。
ジャンケンかよっ。
その形のまま、ちょんとオレの掌にタッチした。
「はい、お手」
にっこりと笑顔で。



あんまりうれしくて、栄口を真っ直ぐに
見つめることができない。
小さなことで
こんなに幸せを感じることができる。



ああ、オレも
栄口少しでも幸せにしたいんだけど。



まだまだ全然力足んないけど
幸せにしたいんだけど。






5時間目の予鈴が鳴る。







阿部が廊下で
ロッカーを開けているのが見えた。









もう、夏になっていた。



出会いの春は鮮やかに過ぎて
あっという間に
熱く、心躍る夏がやってきた。










BGM : スピッツ『リコリス』






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2006.2.19 up