望みは持ちすぎちゃいけない。
願いは叶うと
期待はしすぎちゃいけない。



自分自身を闇の底から救いもするが
その甘い願望は
ゆっくりと心の奥を蝕んでいく。




現実を受け入れる器が欠けていく。










『電話 2』











「泉と、キスしたいんだけど」






熱いのは、何故なんだろう。
風邪引いてまだまだ熱がある浜田の熱が、
抱き込まれているせいでこちらにも伝わってきているのか、
それとも言われた言葉に、自分の内の何処かが熱を持ってしまったのか。
ずるりとその熱はカタチを成して、心臓に巻きついていく。
そこに甘さを感じるのは何故なんだろう。





『オレ、泉にしてほしいことがあったら、
ちゃんと言葉にして言うことにしたんだ』
確かに浜田はそう言っていた。
「手を繋ぎたい」と言われて、
夜の闇に紛れさせつつ繋いで近所の道を歩いた。
浜田の自分に向けられる言葉はいつも優しくて甘い。
ただその中に「ほんとう」がどのくらいあるのかが分からない。
自分の中で勝手に甘く変換しているだけなのかもしれない。
だって願望があるから。
『オレのことを好きになって』と望む心があるから。
オレの心にある恋心は、すべてを都合よく願望に基づいて解釈していく。
そうすると、「ほんとう」が分からない。





浜田の胸を押して、身体を離した。
マジな表情をして見つめてくるのに耐えられず、視線を逸らした。
「ほんとバカだな。風邪…うつっちまうだろうが」
「ああ、そうだよな…。だったら、オレが風邪治ったら!」
「あ?」
「それでいい?」
「…あ、あのな…」
「オレ、頑張って治すから!…だから、寝る!」
「ああ、さっさと寝てください、病人さん」
頑張ってすぐに治るもんでもないだろうとは思うのだが、
浜田はすぐにベッドに入って眠ってしまい、
とうとうオレはその時肯定も否定もできないままだった。






浜田の「ほんとう」を分かりたいと思う前に
もっと大事なことがあるんじゃないかとオレは思う。
オレは浜田に自分の「ほんとう」を何ひとつ伝えてないのではないか。
傷つくのはそれからじゃないかと、思うのだ。









その後数日を胸にしこりを抱えたような気分で過ごし、
浜田の熱も下がりつつあり、オレも泊り込むことはもうなくなって
普段の生活に戻っていた。
明日には浜田も学校に出てくるだろう。
部活が終わって、携帯に浜田からの着信があった。
こちらから掛け直すと「家においでよ」と言われた。
「風呂入って飯食ってから、来る」
そう返事をして、電話を切った。





いろいろと覚悟をしておかなければならない。





距離の近さは今更だが、それでも落ち着く時間が欲しくて
チャリではなくて歩いて浜田の家へ向かった。
部屋に入ると、奥のベッドに座って浜田はいた。
オレはドアのところで立ち止まった。
「オレ、風邪治ったよ。熱は下がったしもう咳も出てないよ」
その台詞に言いたいことはやんわりと伝わってきた。
「そりゃよかったな。オレも安心した」
自分の声じゃないような、硬い声。
「……泉?」
「お前、ちょっとそこ動くなよ」
「ええ?」
「………」
「どしたの泉」
目を合わせることは出来なかった。
視線を床に落としたまま、言葉だけを、口腔から発する音だけを紡ぐ。
「……オレ、お前が好きだ。
自分じゃちょっとどうしようもないくらい好き、みたいだ」
こちらに来ようとしていた浜田が動きを止めた。
見開いた目がこちらをただ見つめている。







そしてオレはぎりぎり崖っぷちにいるような気分で、
浜田に向かって叫んだ。
「オレのこと、本気で好きじゃないんならキスなんかすんな!!」







叫んだ後に落ちた沈黙はあまりにも重くて、2人の間をごろごろと転がっていく。
そしてゆっくりとその質量を増していった。
浜田は全然動かない。
沈黙はやがてオレの足元から身体の中に滲みこんできた。
だんだんこうしているのが耐えられなくなってきた。
叫んでも、それでも近づいてキスをしてくれるんじゃないかと
少しでも期待してしまった自分をただ嫌悪する。
吐き気すらしてくる。
現実は、そんなに甘くなかった。
急に告白なんかされちゃって、浜田はさぞびっくりしたことだったろう。
自虐の意味で笑ってみる。
「……浜田が幼馴染として、好意向けてくれてんのすごくうれしかった。
でも調子に、のるからさ、オレ。ダメなんだよ。
このままじゃ期待ばっかしちゃうよ。ごめん。
告白したの、…忘れてくれてもいっから。また明日、学校で会おうな。
キモいと思ってるかもしんないけど、普通に接してくれるとうれしい、かな」





それだけを震える声でやっと言って、
オレは浜田の家から逃げ出すように外に出た。
浜田は何も言ってくれなかった。
「泉」とも「孝介」とも、名まえを呼んでくれなかった。
駆けて駆けて、もしかすると振り向いたらいるんじゃないかと
幾度も立ち止まっては浜田の家の方角を見た。
呼ばれる声が聞こえたような気がして、立ち止まった。
空耳だったと分かってはいても振り返った。
直接来ないなら、電話かメールかで何か言葉をくれないだろうかと
携帯を抱えながら、家までの道のりをオレは駆けていた。
泣かないように歯を食いしばって、短い道のりを駆けていた。







自分の部屋のドアを閉めて、そこでやっと力が抜けて
そのドアを背にそのままずるずると身体が滑り落ちた。
携帯電話を開けても、ディスプレイには何の変化もなかった。
ベッドに向かって携帯を投げつける。
『孝介いますか?』と家まで来るんじゃないかと、
携帯は慣れたメロディを鳴らすんじゃないかと
耳をすませてその瞬間をただ待った。














来ない。



追いかけても来ないのだ。





オレは現実ではない、甘い願望に囚われていた。
もうずっとそうだったのかもしれなかった。
「キスしたい」と言われても
オレに対する浜田の気持ちは幼馴染へ対するそれで
本気で言ってる訳ではなかったのだ。
やっとそれを自覚できた。






両手で顔を覆う。誰も見ていないけれど。
声にならない叫びとともに
涙が頬を伝って流れた。














追いかけて来てくれるのを
期待してた自分がバカなんじゃないかと思う。






どうして好きなんだろう。
幼馴染のままじゃ、先輩のままじゃ、
ただのクラスメートのままじゃいれなかったのか。
どうしてこんなにも
「好き」という気持ちを持ってしまったんだろう。





泣きたい。
泣きたい。




でも泣いてしまうのがくやしい。




勝手に出てくる涙がくやしい。













ぼろぼろになって泣いた。
涙は後から後から溢れ出て止まらなかった。
しゃがみこんで小さくなって泣いた。
嗚咽は止まらなかった。






浜田は時間が経っても、
結局追いかけては来なかった。













電話も鳴らなかった。







携帯はその夜、
とうとう少しの音もたてなかった。











Next→『電話 3』







『電話 3』(栄口視点)へ続きます。




BGM:レミオロメン「電話」
(歌詞は合ってないと思うのですが、
最初に聴いた時からハマイズのイメージです)













2007.1.14 up