Seeking the Truth.










『電話 3』











風の強い日だった。
もう夜中といっていいくらいの時間だった。





着メロ独特の機械音が、眠ろうとしていたオレ、栄口の耳に届いて、
それが野球部員のグループに登録してある曲だったので「あれ」と思う。
メールではなく電話の音だった。
朝練がなくなったとかそういう連絡なら、
大体主将の花井から電話ではなくメールの一斉送信でくるはずなのに。
携帯を開けたら、ディスプレイに「泉 孝介」の表示があった。
彼は同じ野球部の仲間だけれど、主将でも副主将でもなく
同じクラスでもなければ、連絡網の前(これは花井だ)でも後ろでもなかった。
ならば何故電話が来るのか。
ざわりとしたいやな予感がして、慌ててその電話に出た。





「…泉」
電話の向こうに人の気配は、ある。
呼びかけても沈黙しか返ってはこなかったが、
微かに嗚咽が聞こえてきて…、その時点で眠気は何処かに吹っ飛んでしまった。
「電話、切らないで」
それだけは言って、オレはその日の泉に関する記憶を引き出す。
ここ数日あまり元気はなかったようだが、
それでもそんなに変わったところがあるようでもなかった。





「何か…あったんだね」
『……』
「もしかしなくても前にオレが言ったこと覚えてた?
夏前だったよね。相談したいことがあったらオレに話してって言ったの。
あの時は浜田と一緒に大捕物やってたよな、確か」
『……も、う、抱えてられ、なくて』
消え入るような泉の掠れた声。
「うん、ありがと、電話くれて。……今から泉んトコ、来ようか」
『ば、バカ!来んな!夜中だし!お前ん家遠いじゃないか』
時間や距離が何だというのだろう。
電話の向こうで泣きながら独りで居る友達を心の底から支えたい。
「泉…」
『…ご、めん』
嗚咽を抑えて、それでもちゃんと話そうとしている。
そんなところは強いな、と思う。
同時にその泉がここまでの状態になってしまうなんて
何があったのだろうと心配になる。
たぶん、浜田とのことなんだろう。
じゃないと今、いろんな距離が近いはずの浜田が
泉の傍にいない理由が考えられない。
そのくらいは、分かった。






「じゃあ、電話で話そう。全部は言わなくていいけど。
もし吐き出すことで楽になるなら話してよ。
泉はいつもしっかりしてるし、、田島や三橋のお守りもよくやっていると思う。
自分のことは溜めてるばかりじゃ、辛いよ。…浜田のことだろ?」
声を詰まらせた様子があって、長いと感じる時間の沈黙があった。
その後再び嗚咽が聞こえてきて、「泣かせて」と呟かれて「いいよ」と返して
しばらくは泉の咽び泣く声をじっと電話越しに受け止めていた。





落ち着いた頃を見計らって、オレは言った。
「なあ泉、明日学校休むんならオレから花井に話しておくから」
そんなに泣いて、目もきっと朝には腫れてしまっているだろう。
1日休んで、ゆっくりしたほうがいいのかなと思っていた。
『……学校、行く』
「行くんだ」
『浜田に、…明日学校で会おうって言った。休みたくない。
何も変わらない、と、強がっていたいんだ』
「そっか」
状況はまだ把握できてはいないけど、肯定はしてみる。
『わけわかんないよな。肝心なこと、何も話さなくて。
ごめん、栄口…ちゃんと話、すんのは明日でもいいか?』
「ああ、そうだね。明日はミーティングだけだし。帰り、そっち来ようか」
『オレがお前んトコ行く』
「……」
『家に居ると待ってしまうから』
…待ってしまう。
そうか、浜田が自分の家に顔を出すんじゃないかと思ってしまうのか。
昔からの幼馴染で家も近くて、学校もクラスも同じで。
その近すぎる距離が、お互いの傷をより深くしているようなものなのか。
ただのケンカとかじゃないような気がする。
本当に何があったんだろう。





窓の外の音がまとわり付くように鼓膜を刺激してきた。
どんな泉の言葉も聞き逃さないように緊張していたようだ。
携帯を持つ手が少し強張っていた。
「明日、学校行くならちゃんと目、冷やしたほうがいいよ」
『うん、ありがと…。…じゃな、明日学校で』
「うん、明日」
別れの言葉に、ふ、と息をついたその時だった。
小さな小さな声だった。
『さかえ、ぐち』
「え?」
『……オレ、浜田に好きだって言った』
「!」
『何も返してもらえなかった…。会うのが、怖い』
そこでやっと衝撃が来た。
「泉!」
『また明日』
という言葉を最後に通話は切られた。





風の煩わしい音だけが、鼓膜の内側に取り残された。
オレはこの音があんまり好きじゃなかった。
封じ込めたはずの記憶が呼び起こされる前に
ベッドに入り込み眠ろうと目を閉じる。
携帯は握り締めたままで、ただ朝が来るのを待った。
泉が少しでも眠れますようにとそれだけを思った。





















朝練での泉は、ひどく青白い顔色はしていたが
普段通りになんとか過ごせてはいたようだ。
授業が始まる直前にマナーモードにしていた携帯が突然震えた。
『浜田が来てない』と泉からのメールだった。
1時間目の休みには9組まで走ろうと思い、
じりじりと焦る気持ちをまずは落ち着かせる。
自分が知っている事柄はあまりにも少ない。
でもいろんなことを間違わないようにしたかった。
浜田が今日学校に来てない理由として、
あくまでも推測でしかないけれども、
自分の中で導き出された答えがひとつだけあった。






「だから…、今日浜田が休んだのは、彼なりの優しさなんじゃないかな」
短い休み時間だったが9組で泉を呼び出して、階段の踊り場で話す。
不安気な様子で聞いていた泉だが、吐き出すように言った。
「オレが学校に来て、気を使わないようにってか?
バカじゃねえのか、あいつ。出席日数気にしてるくせに」
項垂れている彼は今にも倒れそうで、心配だった。
「今日、オレん家来るよね。
こないだ言ってたパワプロくん西浦チーム見るだろ?」
確認を取ると泉は慌てて顔を上げた。
「あ、と、それなんだけど栄口、今日…ダメかも。
田島と三橋、例の数学の中テスト再追試になってんだよ。勉強させねーと」
「ああ、あれ…」
ふむ、と頷いて、オレは息を吐いた。肩にぽんと手を置いた。
「あいつらのことは、なんとかするから。泉は今日はオレん家」
「でもな」
「オレはお前のことが心配なんだけど」
再度泉は項垂れていた。
「…泉、大丈夫か?」
「あり、がとう……」
「や、いいんだよ。オレがそうしたいの」
授業開始のベルがなり、慌てて教室まで戻る。
次の休み時間は7組に行かなきゃなと、どうやって話持っていこうかなと
あちこちにいろいろ考えを巡らしていた。






オレが持ってるプレステ2のゲーム「パワフルプロ野球9」は
サクセスストーリーが高校野球仕立てになっていて、
いろんなパラメータや特徴を設定してひとりのキャラを作り上げて
甲子園をめざすことができる。
新しいバージョンのもたくさん出てるけど、これが一番好きだった。
たくさんキャラを育てて、プロになったらそのキャラたちを
ひとつのチームにまとめることも出来るのだ。
遊び心で、最初に西浦チームを作ったのが夏のことだった。
「甲子園に行くとさ、そこでやっと場内アナウンスが入るように
なるんだけど、他のみんなの名前はデフォルトで音声が入ってんのに
『さかえぐち』だけは無くて、そういう場合、いくつかの選択肢から
合うようなアクセントを選択して設定を入れるんだよ。
でもどれもしっくりいかなくて、すごーく不自然なんだ!ほら」
『2番、セカンド、さかえぐち』
「……うん、確かに」
ここはオレの部屋で。
ゲーム専用の小さなテレビから聞こえてくる違和感ある自分の名前呼びに、
横に座っている泉が苦笑している。
コンビニで買った菓子やらスポーツドリンクやらを並べ、
場を少しでも和ませたいなと、ゲームをまずつけた。
田島と三橋は、花井と阿部にしっかりと引き取ってもらったので
たぶん、たぶん大丈夫だろう。





ホームラン競争で泉キャラがバカスカとホームランをかっ飛ばしている最中に
コントローラーを扱いながら、泉がぽつりと言った。
「……ほんとうの気持ちを知りたかったんだ…。ダメならダメでも良かったんだ」
「ほんとうの、気持ち」
「うん」
「だから告白したんだ?いつから好きだったの」
泉はコントローラーを置いて、膝を抱えて蹲った。
そして、またぽつりぽつりと話し出した。
過去のことはあまり触れたくないようで、最小限だったが
それでもここまでの経過をもちろん全部ではないだろうけど、話してくれた。
「忌引きで早退とか、浜田のその辺の事情もまったく知らなかった。
1組は、7組や9組とは教室の階が違うから、情報来ないか、来ても遅いんだよな」
「そうだね」
「…泉は、すごいと思う。よく告白したなあ」
「すごくない、全然」
「オレはできないよ。たぶん曖昧に笑って、中途半端な関係でいてしまうんだよ。
だって…傷つきたくないし、壊したくないし。
泉はさ、もし振られたとしても幼馴染って関係はそう簡単に壊れないって思ってんだろ?」
「……そりゃ…」
「オレの場合、ただのチームメイトだからね」
「…って、やっぱお前の相手って、水谷?」
「うん。でもさ、自分の気持ちがよく分からないんだ」




自分のほんとうの気持ちは何処にあるんだろう。
何処にあって、どんなカタチをしているんだろう。
恋なのか、そうでないのかすらもまだ分からなかった。




「明日…浜田と会ったら、それからどうしよう」
現在の泉にとっての1番の不安を吐露してくる。
溜めてるだけじゃなく、言葉という形で吐き出せばその分楽になると思う。
「……泉はどうしたい?」
「……」
「今まで通りに笑っておはようって言って?」
「……うん。でもダメかな。もう何もかも変わってしまうのかな」
「どうかなあ」
変わらないものなんて、あるはずがない。
それがどんなものでさえ、思い出の中に封じ込めてしまわない限り
時間の波に飲み込まれ、その姿を変貌させていく。
良くも、悪くも。
「何にも反応を返してもらわなかったのは、予想外だったんだよ。
だからこの先、どうしたらいいか分かんないんだ」
「まだ振られたわけでもないんだろ?」
「…うーん、そうなんだけどさ。
なあ栄口、また幼馴染、始めることって出来ないのかな」
「出来るよ。それが許されるならまた始めればいいよ、きっと」
笑顔でそう返したら、泉もこちらをみて頷き、笑っていた。
「うん。……いろいろありがとう。栄口に話せて、良かった」





もう時間も遅くなって来たので、帰る、と泉は言う。
泉の自転車が見えなくなるまで、玄関の外で見送った。
視界に入った朱の色に惹かれて見上げると
茜色の雲が流れる夕焼け空が綺麗だった。





せめてより良い方向に、泉だけではなく
幸せに向かって誰もが進んでいけるようにと願いを込めつつ、
オレはその暮れていこうとしている空を見続けていた。
















この翌日の話がお題「視線」に入ります。




BGM:レミオロメン「電話」













2007.1.21 up