望みは持ちすぎちゃいけない。
願いは叶うと
期待はしすぎちゃいけない。












『電話 1』











もう夜も更けて星が瞬く時間だった。
冷たさを含んできた秋の季節の風だけが、
音をたてて窓枠を揺らしている。





オレ、泉の携帯電話から、鳴らないだろうと思われていた
聞き覚えだけは腐るほどあるメロディが流れてきた。
もしかしなくても「おやすみコール」だったりするのだろうかと思い
電話に出ると名を呼ばれて、息を呑んだ。
『こー、すけ…』
重い浜田のその声に、バカ野郎と心で叫んで小さく舌打ちをした。
どうやら限界点を超えているらしい。
じゃないと、あいつはオレのことを名まえでなんか呼ばない。





昔のようにオレのことを「孝介」と呼んだ。
以前に1度あった。その時も風邪をひいてて熱が高かった。
小さい咳も聞こえてくる。
「かなりやばいな、お前」
『へへ、…わかるんだ』
「…その様子じゃ9度近かったりすんだろ?」
『孝介に会いたい』
物理的にそれは無理だろ…と言おうとして、
はた、と思い至ることがあった。
「まて、浜田。今お前何処にいるんだ!」
『…………家』
「なんで!!」





近い親戚が亡くなったとかで、九州は鹿児島まで行かなくちゃいけなくて
忌引き扱いにしてもらって浜田が学校を早引きしたのが今日の午後。
とっくに家族と合流して、その上で熱を出したと思っていたのに。
独りで家にいるなんて!
「病院は?」
『熱高く、なるまえに行ったよ。インフルじゃないってさ。
九州には来るなって言われちゃった』
「オメーはオレに電話すんのが遅いんだよ!」
『ご…めん、ね』
携帯の向こうの浜田に怒鳴りつつ、服やカバンを掴んでいる。
独りでなんか居させねぇ。
「どうせ飯もろくに食ってねーんだろ!
今そっち行くからおとなしく寝てろ!」
何か言っているのが聞こえたが、構わず電話を切った。











「……何その荷物凄すぎる」
両腕いっぱいに服やら学校のカバンやらコンビニの袋、
おまけにその他にもいろいろ抱えたオレの姿を見て
浜田はベッドに寝たまま、あきれたようにそう言った。
「親に言ったらなんだかんだ持たされたんだよ。
熱下がんまで、帰らねーから」
「えええ?」
「何なら食える?」
オレは持って来た荷物を広げ始めた。
「風邪、うつっちゃうよ。ダメだよ、帰んないと」
「うるせえ」
「……」
「熱出したお前放っといたら、オレがゆっくり眠れもしねーんだよ。
オレが居ちゃ困るんならさっさと熱下げろ」
熱のせいかいつもよりは赤い顔をして、
浜田はそれでもうれしそうに眉を下げて笑っていた。
「コンビニでレトルトのおかゆ買ってきた。
残りモンで悪いけど肉じゃがもある。晩飯…食える?」
「何でも食うよ」
なら何でも食ってみろよと普段の自分だったら言うのだろうが、
こんな状態の中での浜田の気遣いがあまりにもうれしくて
オレは何も言えなくなってしまった。
浜田の額にペンギン柄の冷え冷えシートをばちこんと貼り付けて、
黙ったまま、キッチンへ向かう。
家事もあんまり手伝わないし、料理も得意な訳じゃない。
いつも浜田に甘えてばかりで、自分では何もできない。
いろいろと上手くいかなくても、オレは浜田に何かしてやりたかった。
大波のような気持ちだけに突き動かされて、この場にいたのだ。






料理とはとても言えるはずもない晩御飯の支度と、後片付け、
風呂は無理だから身体拭け!と熱々タオルを投げつけて、
そんなこんなで2人っきりの夜は更けていった。
風邪がうつるから帰れという浜田の声は無視しまくって
セミダブルのベッドをちゃんと半分占領して寝っ転がる。
どうせ忌引きになってるから、浜田は明日学校を休むとして
オレはちゃんと起きて学校は行かなきゃな、朝練もなと
携帯の目覚まし時計の時間を合わせる。
音量の設定はいつもより小さくして、着メロもオルゴールの音楽に替えて。
起きれるかな、と不安にもなるが、それより浜田を起こしたくはなかった。
ゆっくり眠って、早く元気になってほしかった。
「洗濯物は明日家に持って帰って、親に洗ってもらうとして…」
ぶつぶつと呟きつつ明日の予定をたてながら、浜田の寝顔を見ていた。
病院の薬は飲んでいるのだが、そんな簡単に熱は下がらないようだった。
咳はかなり減ってきているようなので、その点だけでも安心だった。
荒い息遣いを感じて、こんなに浜田が苦しんでいるのに
何も出来ていない自分が不甲斐なく、胸の奥が締め付けられるように痛くなる。
その痛みを抱えたまま、オレは眠りにおちた。





朝になって、鳴り始めた目覚ましを2秒で止め、身体を起こす。
眠っている浜田の赤い顔を見る限りではまだ熱は下がってないのだろう。
見ると掛け布団から右腕が出ていて。





その肘に、指の先だけで触れた。
もう真っ直ぐに伸びることはない、浜田の肘。




今まで抱え続けてきたいろんな思いが身体中を駆け巡って、
泣きそうになって、慌てて首を振る。




今更。
今更だ。




何もかもが時すでに遅くて
失くしたものはあれもこれも一生戻っては来なくて。
諦めてしまうのか、代わりになるものを希求していくのか。
何故そんなに浜田だけ、人生の中で大事にしていたものを
その若さで失くしてしまわなくてはならなかったのだろう。





なんで援団なんかやってんだよ。
辛くねーのかよ。
野球やっているみんなを見ていて。
オレだったら辛ぇよ……。





だが、浜田が肘を壊して野球を出来なくならなかったら
西浦に来ることはもちろんなかっただろうし、
ガキの頃のように再びここまでは仲良くはなってないだろう。
何より、好きになっていない。
これほどまでに痛い想いを抱えることもなく、
普通の幼馴染の関係でいれたかもしんないのに。





浜田の腕を掛け布団の中に仕舞って
重すぎる気持ちを抱えながらベッドを出る。
浜田の近くにペットボトルの水やらアクエリやら
替えの冷え冷えシートも置いて。
キッチンにはまたしてもレトルトのおかゆだったけど
鍋に用意だけはして。
親から持たされたおかずの類は冷蔵庫にあると書き置きをして
「ちゃんと寝てろ」と加えて書いて。
コンビニのおにぎりを銜えながら、更に追加でいろいろ書いて。
そしてオレは着替えて登校した。
風邪をひいてる浜田がまだ家に居ることは、誰にも言わなかった。
独り占め…したかったのかもしれない。





授業も部活も終わらせ、家に1度戻って風呂に入り、
親が用意した晩御飯の品を持って浜田の家を再び訪れたら、
当の浜田は起きてキッチンにいた。
「…ばっ、バカ浜田!お前熱は!」
「お帰り、泉。まだ8度はあるけど、大分調子はいいよ」
大体子どもの頃から熱が高く出るタチなんだよ、慣れてんだよと笑ってそう言う。
不安気に顔を見上げたオレの頭を、浜田はぽんと軽く叩いた。
「いろいろ、ありがとう。うれしいよ」
「や、オレ、なんも出来てねーしっ」
浜田の笑顔に言われた礼に照れてしまっていたら
腕が自分の身体に回されて抱き込まれてしまった。







「なあ泉。オレ、……泉とキスしたい」
「……え?」
突然に浜田から発された言葉が、あまりにも衝撃で固まっていたら、
ちゃんと聞こえてないと思われたのか、重ねて言われた。
「泉と、キスしたいんだけど」





Next→『電話 2』







『電話 2』へ続きます。




BGM:レミオロメン「電話」
(歌詞は合ってないと思うのですが、
最初に聴いた時からハマイズのイメージです)













2007.1.14 up