触れ合うことから
始まった











『お手をどうぞ 1』










もう、夏になっていた。



出会いの春は鮮やかに過ぎて
あっという間に
熱く、心躍る夏がやってきた。





「あべ、くんっ」
3時間目の休み時間に、1年7組教室前の
廊下にあるロッカーをを開けていると三橋の声がした。
オレ、阿部が振り向くと、
9組側から三橋がこちらにやってくるのが見えた。
「よ、あべー」
真横を泉がすり抜けていく。
何だか急いでいるようだ。
9組の連中がぞろぞろいるので、次が移動教室なんだと分かる。
ここを通り抜けてくってことは、パソコン室の可能性が高いな。





精一杯急いでこちらに近づいたのであろう三橋は
勢い余ってオレの目の前で派手な音をたて、
教科書ノートペンケースを落っことした。
「うわぁあっ」
「大丈夫か?」
散らばったものを拾い、三橋に渡す。
「次、情報か」
「う、うん。ありが、とう!あべくん」
にっこりとオレが気に入っている笑顔で礼をいうので
うれしくなってしまう。





だからなのだろうか
思わず手を三橋の前に出す。
「あ、う?」
反射の産物かもしれないが、
三橋も自分の手をオレの手に重ねた。
ぱし、という小さな音と重ねた掌の適度な温もりに
オレは安心する。



いつも気にしていたいと思う。
三橋はオレの大切な投手だから。








「なぁなぁアベ。はないはー?はない!」
三橋の後ろから田島が急に顔を出す。
「たじま、くん」
驚いてぐらぐらになった三橋を慌てて支える。
危ねェだろ、また教科書落とすぞ。
「花井なら、代議員やってっから今職員室。
さっき放送で召集かかってたろ」
「まためんどくせーのやってんだな。ありがと、じゃなっ」
それだけ言うと田島の姿はすぐに姿が見えなくなった。
何処行く気だ。
「三橋、行こ。お手も微笑ましいけどチャイムなっちゃうぜ」
浜田が声を掛けてきた。
どうやら泉の代わりに三橋たちの面倒を見ているようだ。
田島は走ってっちゃったけど…そっちはいいのか?



「じゃ、あ あべくん。またね」
「おう」
浜田に手を引かれて、三橋は遠ざかる。
見えなくなるまでぶんぶんと手を振っていて
オレも手を振り返す。







毎日朝も昼も夕方も
学校にいる間は会うことができるのに。


三橋はオレと会うとうれしそうに寄ってくる。
「あべくん」
そう呼ぶ声は胸に優しく響いている。


そしてオレを見て、
オレとの野球を楽しんでいて。


それがオレにとってどんなにうれしいことか
あいつは分かってんのかな…。






三橋の掌の軽い感触を思い出しながら、
オレは教室に入る。
席につくと、水谷が前の席から体ごと
こちらを向いて話しかけてきた。
「いいな〜阿部は」
「何が」
「みんなの見ている前でも素直にお手かぁ。
そうだよなやっぱ三橋はやるよな〜」
オレのマネをして、掌を出すのは止めろっ。
「…水谷」
「お?」
「昼休みに栄口来て花井と部長会議の打ち合わせすっから
…邪魔すんなよ」
「栄口来んの?マジで?」
「大体1年の部長ってハンデでかすぎんだよ」
「ええ〜どうしよっかな〜オレ」
「今強気でいっとかないと」
「お手、してもいっかな?栄口に」
「……」
「……」
どうも話が噛み合ってないような気がする。
「もっかい言うぞ、邪魔すんなよ」
「…オレ、おとなしくしてるよ?」
その台詞、全っ然あてにならねェ!









4時間目が始まるチャイムが鳴る。






花井はまだ帰ってこなかった。










Next→『お手をどうぞ 2』






初書きの西浦っこたち。
わたしの好きなカプ4組、8人の話を
同じテーマで同じ土俵で書いたらどうなるのか?
自分の書く彼らはどんな彼らなのかを知りたくて
この「お手をどうぞ」シリーズを書きました。

みんな可愛いぞ♪



BGM : スピッツ『リコリス』






back

2006.2.19 up