一緒に歩いていこうと
決めたのが冬で










『朝焼け』










電話ではなくて、メールだった。
しかも花井らしくない、午前2時を過ぎた真夜中に突然だった。
「朝焼けを一緒に見よう」との文字を見て
田島は「いいよ」と返す。
今日は日曜日だった。2月の学年末考査前で部活もない。
でも学校で逢うことにした。
早朝の学校は、好きだった。
目覚ましだけは忘れないようにセットする。
あまりの寒さに、田島は毛布を体に巻きつける。
再び深い眠りに落ちた。












雪はもう降っていなかった。










降ってはいなかったが、
田島が起きたときには世界が一面雪に染まっていた。



「うわ…すげーっ」
部屋の窓から覗いた、外はまだ夜明け前で。
どのくらい積もっているのかは暗くてわからない。
この冬は12月にがんがん雪が積もって、
年が明けてからはほとんど積もることはなかったのに。
顔を洗い、着替えて外に出る。
ダウンジャケットを着ていても寒い。
空気の冷たさに身をすくませながら
田島は歩いて学校に向かった。



少し怖かった。
花井に逢うのが、怖かった。








校門前に着いて、田島は携帯を取り出す。
「着いたぞ」と一言だけメールをすると
すぐに「オレもそろそろ着く」と返事が来た。
「へへっ」
顔をちょっと赤くして、寒さで鼻も赤くして
携帯のディスプレイに向かって笑顔を見せる。
どきどきする。
こんな風にどきどきするだけなら
楽しいのになと思う。



段々と闇が薄らいで、
世界には藍のフィルターがかかってくる。
空には雲がほとんどなく、朝焼けは見れそうだ。
雪もこれでは午前中に溶けてしまうだろう。
銀世界の中で二人で見る朝焼けは
きっときれいなんだろうなと田島は思った。



ただじっと待っているのにも飽きたので
校門の門扉、積もった雪を払いよじ登り、越える。
足に感じる雪の感触が冷たいけれど心地よかった。
目の前に広がる一面の白を駆け抜けたくなって
第1グラウンドに向かって田島が走り出したとき、
校門の向こうから花井の声が聞こえた。
「こら、田島っ!」
「やっべ」
ぺろりと舌を出しつつも、田島の足は止まらない。
花井もその長身を生かし、軽々と門扉を乗り越え
こちらに向かって走ってくる。



第1グラウンドの真ん中あたりまで駆け抜けて
再び花井の声がした。
振り向くと花井は東の上方を指している。
田島は見上げて息を飲んだ。



明けていく藍とその領域を増していく朱が
絡まりあって、黄・緑・紫・紅とさまざまな色が
空と、わずかに東の地平に残った雲を彩っている。
その光は雪の白にも反映して、きれいだった。
彩りの変化に心は暫し奪われている。
「綺麗だろ」
追いついた花井が、きらきらの瞳で空を見上げていた
田島の横でそのひとことだけを言った。
「…花井は」
「ん?」
「オレにこれを見せたかったのか?」
視線を明けていく空に置いたまま、田島は訊く。
「…いや、その…。たぶん違うな」
「?」
突然の問いに戸惑いつつも花井は答えた。
「今日がこんな風に晴れていても、曇りでも雨でも
雪なんか積もってなくても一緒だった」
田島は怪訝そうな顔つきで横を向いた。
「言ってる意味がよく分かんねー」
「お前最近変だったからさ」
「ずっと変だったのはそっちじゃねーのか?」
「ああくそ、そういうことじゃなくて」
「分かんねェ」
花井は2、3度首を振り、大きく息を吐いて言った。
「お前に、逢いたかったんだよ。ただ逢いたかったんだ」






やばい。
…もう、ダメだ。

見開いた目で花井を見ながら
そう田島は思った。



そのまま雪で覆われた地に向かって
膝を落とし仰向けに、倒れた。
「田島っ?」
花井の声。





背中も頭も雪に触れて冷たかったが
目頭だけがじわりと熱を持っていく。
体の奥から震えが上ってくる。
視界いっぱいのきれいな朝焼けの空が
角膜に溢れる液体があることで歪んで見えていく。
両腕を目の上で組んで顔を覆った。
「はない、痛い」
「え、あ、…今どっか打ったのか?大丈夫か」
花井は慌ててしゃがみ込んだが、
田島が泣いているのに気がつくと言葉を失った。
「ずっと痛い。も、辛い…」
薄く開けられた口からは嗚咽が漏れた。



「田島、どうした」
聞こえてくる花井の声音は優しい。
花井から両腕を掴まれる。
「…やだ、よ」
泣き顔は見られたくない。
でも涙は溢れ出て止まらなかった。
「じゃ、話せよ。言わなきゃ何にも分かんねェぞ。
オレもそんなに人間できてねーけど、何でも受け止めてやっから」
その言葉にびくりと震えた。
「だからそんな風に泣くなよ」


花井は田島の腕から手を離すと
その傍に腰を下ろした。
空が見たい、と田島は思う。
この腕を離して花井の姿が見たいと思う。
泣いていてはこのまま先に進めない。
「はない」
「ん」
「オレ…野球好きだ。スゲー好き」
「うん」
「ひいじいとか、じじばばたち家族みんなも大好きでさ」
「お前はそうだったな」
「…ねぇなんで?」
「……」
「なんで花井への好きはこんなに痛い?」



今も痛くて痛くてたまらない。
花井に逢えてうれしいはずなのに
花井のこと考えてるとこんなに幸せなのに
抱きついたらとても気持ちがいいのに。



痛くて。
胸がぎゅって苦しくなる。
息もできなくなるくらいで。
夏の前くらいからいつもいつもそんなで
段々辛くなっていった。






















いまも、ほら。
いたいよ。



なみだいっぱい
でるんだ。








なんかいってくれよ、はない。





そらがみたいよ。

























「…好き、が痛い?」
花井の問いが上方から降ってくる。
「うん好き。でもぎゅって痛い…」
「それは恋だよ」
一緒に答えも降ってきた。
「田島はオレに恋をしてるんだよ」
穏やかな声だった。







田島の両腕の力が緩んだのを感じたのか
花井にその腕を顔から剥がされてしまった。
まだ空は見えなかった。
目を開けるとすぐ近くに花井の顔があり、
涙を生み出していた熱が顔全体に広がる。
腕はそのまま雪に押し付けられ動けない。



唇に花井の持つ微かな熱と
同じ唇の持つ柔らかな感触だけを感じた。
それは触れて。
すぐに離れて。






真っ赤な顔のまま花井は手を離し、言った。
「痛くっても辛くってもそんなの当たり前なんだぞ。
特別な好きなんだからな」
「はないも…オレ好き?特別?」
「…あのな、特別じゃなかったらキスなんかしねー」
「痛い?」
「……ああ、ずっと。オレもな」
田島は袖口でぐいと涙を拭く。
花井の言葉に
すごくすごくうれしくなって笑う。



体を起こすと、光を纏って明けた空と
その光を弾いて雪の地が一面に見えて
心まで白く染められていくような気がした。








花井が好きだ。





この好きは
痛くてもいいんだ。
それだけ特別なんだ。


そう分かっただけでも
田島は幸せだった。















*

一緒に歩いていこうと
決めたのが冬で


まだまだ
先なんか見えないけど


このまま何処まで
歩いていけるかなんて
分からないけど


「好き」は「好き」で
それ以上でも
それ以下でもなくて



自分の気持ちだけは
偽らないでこのまま
生きていたいと




ただそれだけを願った








春夏秋冬シリーズは
この『朝焼け』で一区切りつきます。
4組それぞれの春夏秋冬があって
今回はひとつずつ取り上げました。

ですが、次は
『朝焼け』花井視点で
『光』という話です。
このまま続いちゃったりするのです(笑)




BGM : レミオロメン『春夏秋冬』

歌詞は『うたまっぷ』さん(娘のお気に入りサイト)を
ご参照ください。
まったくもってイメージそのまんまです。
各話タイトルも歌詞からとりました。

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B09263







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2006.3.9 up