不安に胸が苦しくなって
動けなくなるのが秋で










『瞬き』










秋の並木道は通り抜けていく風に加えて
風が巻く枯葉の微かな音もしていた。
空は青く澄んでいて、栄口は見上げる。
あまりにもその青は綺麗で
自分の中に取り込んでしまいたくなる。





それは10月の中間考査直前。
部活もないし、あんまり風が気持ちいいから
ちょっと帰りにと栄口は水谷に誘われ遠出をして
噂に聞く美味しいケーキショップに寄り道をした。
水谷の笑顔を見ながら食べるケーキは
とても甘くて、幸せな味がした。




いつも水谷は明るい笑顔をこちらに向けてくる。
優しくてふわふわしたものを感じて、栄口もまた心地よかった。
自分に対して好意を持ってくれている。
それを隠そうともしないで水谷は傍にいる。自分にも他人にも。
そのことを栄口はとても嬉しく思っている。
笑顔で彼を見つめる。
















帰路にある銀杏の並木道で、舞い落ちる葉と、
石畳に落ちた絨毯を敷いたような黄の色にすごく惹かれて、
自転車を引きながらそこを通る。
風が通っていく。足元で乾いた音、音、音。
「お、自販機がある、栄口ちょっと寄ってちゃっていい?」
「さっき紅茶を飲んだんじゃなかったっけ」
「それがさー、あんまり見たことない自販機なんだよね」
「ほんとだ。何か掘り出し物があっかも」
自販機の近くに自転車を止め、2人して自販機を覗く。
見たことがないお茶やジュースが並んでいる。
水谷がうーんとそれを見て声を出した、その時に水谷の携帯が鳴った。
「電話、出たら」
「ごめん栄口」
片手を立てて水谷は電話に出た。




「もしもーし。なんだよお前、どしたの?」
栄口は水谷を横目で見つつ、
自販機からペットボトルのミックスオレを買った。
「うはっ!それマジで?後で見てみる。照れるな〜。
知らせてくれてありがと!じゃな」
畳み掛けるように会話を終わらせて、水谷は電話を切った。
見ると少し頬に赤みが指している。
水谷がこちらを向いた。
「栄口、ミックスオレにしたんだ。
オレ、サイコソーダ、いやいや、まるごとみかん入りソーダにしようかな」
「いや何処にそんなのあんの。それはオレンジソーダだから」
左右に手を振りここは突っ込みを入れてみる。
「栄口ミックスオレ、オレ、オレンジソーダ。オレオレオレだね」
「あのねぇ…」
ちょっとばかり嘆息してみる。
「ねぇ栄口、オレって女子に人気あんのかな」
突然に水谷はそんなことを言い出して。
「どうかしたの。さっきの電話?」
「…う、うん」
歯切れの悪さがちょっと引っかかる。
「なんだよ」
「あのさ、『西浦1年ホムペ』…って知ってるよな」




『西浦1年ホムペ』
西浦の1年生の誰かが管理人をやっている携帯サイトだ。
掲示板がクラスごとやテーマ別でいくつもある。
どこのページも背景が蛍光色で目が痛いし、
顔文字ギャル文字がすごくて
アドが回ってきたときに1度は顔を出したが
栄口はそれ以降は行っていなかった。




「…で、それがどうかしたの?」
「野球部の掲示板できたの知ってる?」
「えっ」
それは初耳だ。
「あ、野球部だけじゃないんだけどさ。
他にもいろいろできたみたいだけど」
「そこ野球部のカッコイイ男の子ランキングとかやってるの?」
水谷は女子に人気があるから、そんなのに載ってそうだ。
「…いや、えーと、他校の女子らしいカキコがあって、
オレさりげなくコクられてるらしいんだよね。名まえは出てないけど」
「へぇ、そう?」
とりあえず笑顔だけを返す。
…どう反応していいかわからなかった。
良かったねというのもなんだかイヤだったし、
かといってそれを怒ったりするのも違うと思う。
栄口はあまり反応しないまま、話を流そうとした。
「オレもカキコしよっかな〜」
「は?」
「水谷文貴!栄口を幸せにしたいです〜!って」
「なっ…ばっ」
栄口はうろたえてしまって言葉が言葉になっていなかった。
火照る。頬が熱を持つ。
水谷はといえば、オレンジソーダの缶をあけ、一気に飲み干した。
「水谷、も、もちょっと真面目にさ…」
こちらを見た水谷の目を見てそのまま言葉を失う。
いつも纏っている柔らかさをみんな
削ぎ落としたような目をしていて。
こちらに1歩も2歩も踏み出し、近づいた。




栄口はそのまま後下さるが、
自販機に背が当たりそれ以上は動けなくなった。
葉の擦れる音だけがする。
尚も水谷は近づく。無言のままで。



瞬きをしてる間に
水谷の大きい瞳が僅か数センチの距離まで近づいて。
栄口は驚いて目をぎゅっと瞑った。
「栄口」
「……」
「栄口、目、開けて」
囁くほどの声で水谷が言う。
瞼を上げるとやはり水谷の顔が間近にあって
どきどきして、胸が苦しい。
「…水谷」
「オレがマジで突っ走っちゃったら、もう後へ戻れないよ?
それでもいいの?」
腕を掴まれる。
動けない。冗談を交わしてもこない。逃げられない。
水谷は笑顔だったけど、
彼のこんな固い笑顔を見たのは初めてだった。




どうして、と思う。
どうしたの、と思う。


息が苦しくて、酸素を求めた。
視界いっぱいに水谷がいて、
青い空は見えなかった。






瞬きが、
できない。









「ねえ栄口」
「なに」
「オレたちはお互い、笑顔でたくさんのことを流してきたよね」
震えた。
返す言葉すら見つからなかった。
「栄口オレにいつも笑ってくれたけど、
うれしくてしょうがなかったけど。
でもオレ、辛い気持ちも抱えてた」
「水谷」
「だって、誰にでも笑顔だし。いつでも笑顔だし」
「なにそれ」
「栄口のほんとうが見えないんだけど」
「なっ…お前、それってずるい!」
お前はじゃあどうなんだよ、と言いたかった。
笑顔で誤魔化して、お互い相手の気持ちも自分の気持ちすらも
きちんと見ようとして来なかった。
優しくふわふわしたものに囲まれていたくて
それ以外何も見ようとはしていなかった。
2人とも。
2人ともだ。



水谷は少し顔を離して、横を向いた。
「そだね。オレもずるいね。でもさ」
急に水谷が泣きそうな顔になって、
こちらに顔は向けれないまま言葉を出していく。
「栄口、オレに対して笑顔で。オレやっぱ幸せで」
「うん」
「オレ栄口のこといつも幸せにしたいって思ってて」
「うん」
向き直って云った。
まだ腕は、強い力で掴まれたままだった。
「向けられる笑顔だけじゃ、イヤなんだ。
笑顔の向こう側にある栄口を知りたいんだよ」
















思いをぶつけてしまったとしても
笑顔じゃなくても、ほんとの自分を曝け出しても
…水谷はそれを受け止めてくれるだろうか。




そして水谷が
自分と真剣に向き合ってしまったときに
逆に水谷の思いから
逃げないでいられるだろうか。




お互いに笑顔に逃げて
まだ何も確かめてさえもいないのに。



栄口はまず自分の水谷に対する気持ちと
向き合わなければならなかった。



不安に胸が苦しくなる。
気持ち抱えて動けなくなる。






この気持ちは。











「帰ろ、栄口」
栄口から離れて、水谷はそう言った。
「…うん」
「オレ急がないからさ」
「……うん」
水谷は肝心なことは何も言ってくれないままだった。
栄口も言えなかった。
2人とも、始めるのも終わらせるのもまだ怖かったのだ。



2人は自転車を動かす。
枯葉の音だけが耳に響いて残る。
栄口のペットボトルの蓋は
とうとう開けられないままだった。









栄口は空を見上げる。


この優しく吹く秋風と共に吸い込んで
あの青空を心の中に宿したい。




この曇った心に少しでも
青空を吸い込んで…。
それが幸せに変わるように。


気持ち抱えて
それが幸せに変わるように。

















この気持ちは。


ちゃんと恋だろうか。

















*

不安に胸が苦しくなって
動けなくなるのが秋で




心を見つめるのは怖いけど
真っ直ぐに
君を見つめるのは怖いけど



間違いたくない
自分の内にある
ほんとうを見つけたい




そして君の視線を
逸らすことなく受け止めたいと


ただそれだけを願った








この話の前も後もきっとあるのだと思うのです。
書ければいいなと思っています。


BGM : レミオロメン『春夏秋冬』






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2006.3.3 up