繋がっていることを
信じることができるから
大丈夫だと思うのだ






『繋がり 4』






桜木が仄かに記憶とともに色を重ねていく毎に、
過ぎていった年月も蓄積されていく。
だからなのだろうか、密やかに「怖さ」があることは否めない。

桜の季節はすぐそこまで来ている。
あの日も、見上げた桜木の花びらが散っていた。



あの日、あの日々。
オレ、栄口を構成していた世界が大切な人の喪失により、
一部崩れ落ちたあの頃。
当時あまりにも目まぐるしく、否定したい予感をなぞるように日常が壊されていって、
気がついたら、桜は咲いてそして。
まるで命のように儚く散っていく。
非情にも、オレ達の頭上で。
まるで「さよなら」の挨拶を、桜木がしているようだった。
だけどだけど、桜の花は次の春にもまだ咲くけれど。
もう咲くことがない花もあり、咲う表情は遠く思い出の中のみに残っている。


「も少し待ってて、ごめん」
「いそがなくていいよー」
1組の教室に、委員会の残った仕事をこなしていて机に向かっているオレと、
そのオレを待っていて、
教室の窓の外を窓枠に凭れながら眺めている水谷との二人だけが残っている。
窓の遠くには春の象徴の一つ、芽吹き始めているだろう桜の木がいくつも見えている。
日々青さを増していく空に、白磁にも似た優しい色が加わることになる。
「そういえば今日、突然田島が七組にやってきててさあ」
「またなんで。最近減ったと思っていたんだけど」
「花井にさ、会いたかったからってさ」
「へえ」
「ほんと、いっつも元気だよなあ」
水谷は他愛もない話を、いつも笑顔でしている。
週イチのミーティングが始まるまでのほんの少しの時間は、
こうして教室で過ごすことにしている。
向けられるその笑顔だけで十分幸せなんだと、本人は知っているだろうか。
シャーペンを持つ手が、小さく疼いているような気がする。



うれしい。
いつも水谷は優しい。
そっと寄り添って、傍にいてくれるんだ。
優しくされてばかりで。

今とっても「お手」、したいけど、
誰もいないから、……いいかな?



「……んで、結局あの後、割りを食って一時間目に野球部全員当てられたんだよなあ」
「そりゃ大変だったね。……あのさ、水谷」
「ん?」
「……お手」
「!……わんっ!!」
机上で指を上に、掌を彼に向けて左手を差し出す。
弾けるような笑顔が犬を真似た鳴き声とともに、自分に近寄って来る。
想像に反してそっと重ねられた手。
随分と固くなった彼の掌が、彼の野球への十分な情熱を表している。
指と指の間に、肌が触れる。
その感触。
すぐに水谷の指だと気付いた。
「お手っていったじゃないか!指を絡めるのは違うだろっ!」
あっつい。
頬に熱をもってしまう。
「えへへ、コレね、恋人握りって言うんだよ」
知ってるけど、知識としては。
「……ちょっとだけだかんな」
「うん」
「ミーティングに遅刻だけはできないかんな」
「お花見に行きたいなあ」
「……まあ、きっと練習練習の日々だけどな」
「だなあ。……ね、ゆーと」
「なに」
「好き」
「!!頼むから、しばらく黙って!」
「はーい」
時計を見つつ、手の動きを早める。
ミーティングが始まるまでにこの頬の熱さが引けばいいなと思いつつ、
絡んだ指の温かさをしばらくは感じていたかった。



桜の記憶は靄がかかったように、不鮮明さは増している。
だが無くなりはせず、毎年意識の奥に沈みつつあった。
この記憶はいつか上書きされるのだろうか。
いつか、「思い出」という名前をつけることができるのだろうか。

この世に生まれ落ちてから、ずっとオレは傍にある笑顔に癒やされてきた。
今は亡き母だったり、大切な家族だったり。
そしてこの瞬間も、傍らには笑顔がある。

水谷がいて良かった。
こんなにも心通わせることができる存在が愛しい。
愛しくて愛しくて、自分の人生はこれからも十分に幸せなものだと知っている、
これからの日々。

西浦高校の、野球部という小さな場での繋がりをオレは尊び、大事にしていこうと思う。

人生の道の上で様々な繋がりはあって。
これからもいろんな出会いがあるだろう。
けれどもこの高校生活は、先の時間できっときっと宝物になる。
















宝物の時間を過ごしている。
今、この時。

青空の下で。



END
















「お手をどうぞ」から季節を一巡りさせた後の彼らの話。
日常の話(もちろん野球も彼らの日常なのだけど)で始まり、
そして終わっていきます。

シリーズ『青空のかけら』最終話となります。
十数年もかかってやっと完結できたシリーズです。
(あまりに長すぎたため、本編の設定とはまあずれたところも多々ありますが。汗)
ここまで待ってくださった皆さん、本当にありがとうございました!

最終話更新を記念して、このシリーズのページに、
『opening number』『ending number』へのリンクを張っています。







BGM : 音速ライン『空になる』
(曲も歌詞もドンピシャすぎて、この曲と出逢った時にはたいそう悶えておりました)











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2020.7.5 up