望むのは
その繋がりこそを
いつまでもと






『繋がり 3』






たまごがさきか
にわとりがさきか


……ではなく。
理科室に教師が来るのが先か、泉と田島が戻って来るのが先か。
オレ、浜田は胃を痛くしながら二人を待っていた。
チャイムは鳴ったはずなのに、
まだ喧騒の真っ只中な理科室内だったが、三橋は静かに窓の外を見ていた。
心ここにあらずという気もするのだが、
おとなしくしているのでそれは良かったのかもしれない。
雲の流れるさまを見ているのだろうか。

廊下を走るすごい音がして、二人が理科室に飛び込んで来た。
「遅いぞ野球部ー」
「頑張りすぎー」
「お前ら静まれ!後ろに来てんぞ!!」
揶揄する声に覆いかぶせるように田島が叫んだ途端、
あれほどの喧騒がぴたりと止む。
すぐに廊下に足音が響き、少々強面の男性教師が現れた。
「たじまあ、今日一番に当てっからな!遅刻の罰な!」
「「ばれてんじゃん!!」」
理科室内にどっと笑いが起こる。
オレも苦笑いをしつつ、席の離れた泉の様子を窺う。
入学当初に比べれば大分減ってはいる田島の暴走だが、
さすがに泉にも疲れた様子が見て取れた。




「田島ん家での名前呼び、ちょっとだけ羨ましいなあ」
「名前で呼んでほしいのかよ」
担任教師への用事があり、
遅くなったお昼にコンビニおにぎりの袋をペリペリとめくりながら愚痴ていたら、
泉からそんな返答があった。
既に田島と三橋は熟睡中で、珍しく泉は起きていた。
待っててくれたんだと思うと、嬉しさが体中を駆け巡る。

オレが学年を転がり落ちたことで既に先輩後輩ではなくなっていたし、
クラスメイトでは確かにあるけれど、友達と呼ぶのはなにか違うと思っている。
呼び名は何でもいいのだ。
バカがついていようがなかろうが、そんなもんには慣れっこになってしまった。
元から否定ができる素行でもないのだ。
だが、母校訪問の際の「浜田さん」にはどこかがくすぐったくなってしまった。
今は、今の関係性としてはもしかすると恋人かもしれないけれど。
うう、不安。自信がない。
いつかただの知り合いに格下げされる可能性もないとはいえない。

呼び名は何でも、本当にそれって今更。
関係性もだけれども。
何でもいいんだ、繋がってさえいれば。
その繋がりだけをオレはきっといつまでも欲している。

「やー、それはなあ、逆に特別扱いされたいよなあ」
自虐を込めつつ言うと、暫しの沈黙が落ちる。
「浜田は浜田でいーんだ。それが特別なんだから」
しばらくして、囁きほどの小さな声が返ってきて、
オレはおにぎりをぼとりと机に落とした。
「ひょ!いずみくんどうしたの!?」
「るせ!起きんだろが!……くっそ!調子にのんなバカ!」
顔が赤いよ、顔が!
「『浜田さん』ってのもいい響きだけどさ、今となってはちょっと切ないもんなあ」
「浮かれてろよバカ浜田」

浮かれているという自覚はある。
嬉しさは脳天を突き抜けている。
ああもう、ほんと可愛くてしょうがないツンデレさんな姫だな。

「まあ、」
「ん?」
「まあ何にせよ、いずみくん、毎日おつかれー」
「ん、」
目の前に。
目の前に、掌をこちらへ向けて。
小さく挙げられた、手。
照れて、引っ込められる前に慌ててお手をする。
掌と掌を合わせて。

まだ人生の先は全然見えないが、
細すぎる繋がりを必死で掴んできた、この一年は決して無駄ではなかった。





願うのはいつの時でも、ひとつだけ。


どうか、この人生の先も。
オレの傍らに泉を置いていてください。
悪いものに染まらない純粋さを、
いつまでも彼が失わないようにと重ねて願いながら。





どうかどうか。
この素直じゃない、可愛い姫を。














「お手をどうぞ」から季節を一巡りさせた後の彼らの話。
日常の話(もちろん野球も彼らの日常なのだけど)で始まり、
そして終わっていきます。
彼らの「お手」は、大事なテーマのひとつでした。






BGM : 音速ライン『空になる』
(曲も歌詞もドンピシャすぎて、この曲と出逢った時にはたいそう悶えておりました)











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2020.7.5 up