傍にいたいと
思ったのは夏で









『夜待ち』










まだ辛うじて夏だった。
野球部にとっての夏は、もう終わってしまっていたけど。
少し湿気が混じっている風を感じながら
浜田は西方に落ちていこうとしている
燃えているような色をした夕日をじっと見つめている。



「花火しない?」と泉に携帯メールを送って、
返事をもらって10分後にはもう彼の家の前にいた。
インターホンを押して名まえを告げて、うきうきと待つ。





玄関のドアが開いて、泉が顔を出す。
「おー泉、はなびー」
浜田は手に持っていたビニール袋を高く上げる。
その中には種類の違う、棒のついた花火が数十本詰まっていた。
もう片方の手にはペットボトルに入った水と
プラスティックのバケツを抱えている。
泉は浜田の顔を見て、深々とため息をついていた。
「オメーは来んの早すぎんだよ」
「だって家近いんだもんよ、しょうがねー。
一刻も早く可愛い泉に逢いたかったし…イテテッ」
言った途端、脛を蹴られてその痛さに後下さる。
一応浜田はひとつ年上だというのに、ほんとうに容赦がない。



「そのおもちゃ花火どした?噴出類ばっか」
「近所の人からの貰いもん。買いすぎて余ったんだって」
「チャッカマンは?」
「忘れねーよ。必需品だもんな。場所は例のところでいいだろ」
「浜田、今からやるのか?まだ外明るいぜ」
「あれ?う〜ん…」
西の空は夕日で赤く染まってはいたが、夏の昼間は長く
まだまだ上空には青の色が残り、花火をするにはまだ早かった。
「…もちっと頭働かせろよ。だから来んのが早すぎんだって」



浜田は暮れていく空を見やって、言った。
「仕方ねー、花火は夜待ちだ。泉、それまでどっか行こ、デートしよ」
「何がデートだ。オメーは何考えてんだっ」
ばたばたと目の前で暴れる泉を見つつ、なおも続けた。
「とりあえず野球部の夏も終わったし、たまにゃいいだろ?」
泉は押し黙り、その後に大きく息を吸った。
「…じゃあいつものマックで」
「奢ったげるよ、バイト代入ったから」
「わかった。親に言ってくる、そこにいろよ」
「はーい」
バケツを持った手をぶんと振る。
夕日の朱に照らされて、泉の横顔はとても綺麗で。
ほんとうはもう少し見ていたかった。



家の中に入ろうとして、泉は再び外に顔をだした。
「浜田」
「ん〜?」
「その花火とかバケツとか持ってくのか」
「もちろん」
「……わかった」
苦い顔をしながら、泉はそれでも納得したようだった。
下手に付き合いは、長くない。
遠くに見える落ちていく夕日は
夜を迎える世界を染めて、すごく切なかった。








ずっと言えなくて
何処かに沈んでいた言葉を
言いたくなって抱えている。



それを言ってしまうのは
自分が楽になりたいだけなのだと
本当は分かっていた。









待っていた夜が来た。



近場に例のところ…と数年前から呼んでいる空き地がある。
実際のところ売り地らしいのだが、
あまりの面積の広さと袋小路になっている場所故か
なかなか買い手がつかないらしい。
車が何台か止まっている以外は、人の出入りも少なかった。
街灯だけが光を供給していた。



「汚すわけにはいかねーからな」
浜田はそう言って、ペットボトルの水をバケツに入れた。
終わった花火を入れる場所だ。
二人してしゃがみ込んで、ひとつずつ花火に火をつける。
「浜田、すげーこの色っ」
「線香花火のこの風情がいいよなー」
なんだかんだ言いながら、
種類をあれこれと選び火を次から次につけていく。
泉が楽しそうだった。
笑顔を見ることが出来て、誘ってよかったと浜田は思う。






今なら言えるかなぁ。
ずっと苦しくて。
やっぱりこれだけは言ってしまいたくて。






「泉」
「んだよ?」
泉は浜田の方には顔を向けず、
花火の移り変わる色をただ見つめていた。
「ごめんな…」
言葉に出す。泉は動かない。
浜田がそのまま続けようとしたとき、
急に泉は花火の火の粉をこちらに向けた。
「アチッ、熱いじゃないか!泉っ」
「浜田」
「……」
「それ以上言うと、マジで殴る」
抑えた声音に息を飲む。



黙るしかなかった。
ばれてたのだ。
きっと言えば楽になれるという
浜田の焦りも何もかもすべてがばれてた。



言えなかった言葉はまたも沈んでいく。
それは、本来自分の中で
飲み込んでしまわなければならない
言葉だったのだ。



















ごめんな、泉。




野球。



もういっしょに
できなくて…


ごめんな。

















泉は厳しい。
浜田を甘やかしてはくれない。
もちろん泉も自分を甘やかさないし
…そう簡単にはこちらに甘えてもこない。



いろいろあって、バカやった挙句の留年で
泉とクラスメイトになってしまって
何かを求めて野球部の応援団を作って
近くにいるようになって
そして。



いつしか、傍にいたいと思ってしまった。
もう後輩としてもクラスメイトとしても
見れなくなっていた。





「泉」
泉は終わってしまった花火を握ったまま
俯いたまま動かなかった。
「謝るなよ」
そう、浜田に向かって吐き出す。
「泉」
泣いているのかと思って泉の顔に手を伸ばす。
だがその手は簡単に払われてしまった。
「オメーはばかだ」
「そんなこと知ってるよ」
せっかくの花火だったのに、せっかくの泉の笑顔だったのに
自分で全部台無しにしたようなものだった。





「…帰るか?」
泉は答えなかった。
代わりに顔を上げ、終わってしまった花火を差し出す。
「次。取って」
闇の中、微かな光で映し出される照れたような笑顔。
浜田もうれしくなって笑った。
「やっぱ可愛い泉」
「オメー帰れ」
「うわわそりゃないぜ」
慌てて残りの花火のひとつに火をつける。
「はい」
差し出す。



「ばぁか」
受け取る泉は
その花火の光に照らされて
浜田が大好きな笑顔だった。








*

傍にいたいと
思ったのは夏で




望んでいるものは
もうきっとあげられないけど


夜を待つ間に
夕日に照らされた
横顔はとてもきれいで


このまま
時が過ぎても
いっしょに居れるよう


ただそれだけを願った








夏の初めの「お手をどうぞ」より
ああ、やっぱ進展している…。
この調子で行くと秋冬の2組は…(笑)

この二人は自分の気持ちに気がついていて
お互い片思いの状態です。


BGM : レミオロメン『春夏秋冬』






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2006.2.22 up