それは、雪の朝へ向かう夜のこと。





『雪夜』








世界は夜を迎えて、凍るように冷えていた。
朝から雪は落ちていた。
ただ只管に、落ちていた。
冷えた世界に次から次へと落ちていく雪は、音も無く、
他の音もすべて吸収してしまうように地へ積もっていったのだ。




花井が毎日寝る前に翌日と数日先までの天気予報をチェックするのは、
西浦高校野球部の主将になってからの習慣だった。
毎日の、そして週末の練習をどうするか。
野球は室内競技ではないため、天候等に左右されることも多い。
大雨であれば、やはり外での練習自体が厳しい。
今は定期考査前なので、この週末も部活はなく、野球部内でのそれぞれの勉強会のみである。
昼から夜中まで降り続けた雪は、ここにきてようやく止んだようだ。
ただ気温は例年のこの時期に比べるとかなり低く、積もった雪は朝までは溶けることはないだろう。
明日の晴れの予報に、花井は心を躍らせる。
一面に積もった雪に朝日が当たる、その光景のキレイさが記憶の隅にある。



キレイなものを、田島に見せたかった。
そして、一緒に見たかった。



どうせ午前中はいつもの勉強会もある。
早朝に呼び出せばいい、と思いつつも、躊躇して、夜も更けきって、
メールも電話もできないままに、とうに日付も変わってしまった。
花井は携帯電話のディスプレイを眺めたまま、動けないでいる。
自分への不甲斐無さに、気分は沈んでいくばかりである。



きっと田島はもう眠ってしまっているだろう。
電話はさすがにもう、掛けることはできない。
こんな夜中に、メールすらも迷惑だろうかと逃げる自分を自覚する。



「逢いたい」と、そう思うのに。






ベッドに寝転がっていた花井は、腕を伸ばしてリモコンを取り、眠ろうとエアコンを消した。
携帯を抱いたまま、毛布を被る。
花井のせいじゃない!、と、図書館で田島の叫んだ声が脳裏に過ぎる。
伸ばした手は振り払われてしまった。
再度伸ばす勇気がないのは自分自身の持っている不甲斐無さがきっと原因で。
逃げないと理解していても、掴まえることができる自信がなかった。



いつまでも変わらないでほしいと思うのは傲慢なのだろう。
あの幼さを残す笑顔も、飛びついてきていた熱量も、可愛く感じてとても好きだった。
避けられるようになった理由は分からなかった。
もともと田島自身が迎える変化だったのか、
それとも触れ合った口付けの回数だけ彼の何かを変えてしまったのかは、今となっては何も分からない。



「……恋ってのは、痛いもんなんだな」
掠れ切った声は冷え切った空気を伴って零れた。
何処かが引き攣れたような、じくじくした痛みを抱え続けるのは確かに辛い。
告白してしまおうかと思った時もあるが、何かが終わってしまいそうで、
野球部の中では何にも終わらせたくなくて、未だ何も告げられずにいる。
「好きだ、田島。好きだ」
この恋情には羨望も憧憬も嫉妬も焦燥も緩やかに溶け込んでいる。
想いを言葉にして渡したら、少しは楽になれるのだろうか。
それとも返ってくるものが何にもなくて、大きな傷になるだけなのだろうか。





花井は起き上がって、窓のカーテンを少しだけ開ける。
夜闇の中、地には白い色が広がっている。
一面の銀景色だ。
キレイだと思う。キレイで、とてもキレイで、田島と一緒にその気持ちを分け合いたかった。
「田島、……笑ってくんねーかなあ」
笑顔が見たい、という衝動が、花井の全身を駆け巡る。
はーないー、と真っ直ぐに駆け寄って来る田島の姿が脳裏に浮かぶ。
花井は口を引き結ぶと携帯電話と向かい合い、田島のアドレスを再び探し始めた。









あまりにも静かな夜が訪れている。



雪はもう降ってはいなかった。
後はただ、朝が来るのを待つだけだった。












そして、「朝焼け」「光」に繋がっていくのです。
やっと、やっと繋がりました。感涙。

シリーズはこの先ゆっくりと終わりに向かっていきます。

タイトルは「ゆきよる」と読みます。









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2014.11.23 up