『昼日中』
(2013年1月4日水谷お誕生日記念SS)











栄口の夢を見ていた。



太陽を背にして、眩しくなるような満面の笑顔で、
水谷に向かって手を振っている。
ああ、もう泣いていないんだね、と安堵の息を漏らした。



どんな彼であっても受け止めたいと思うのに、
何故だろう、奥底ではやはり笑顔を求めている。
求めたものが手に入った現在に、幸せで胸が痛くなる。



『水谷』
優しい声がした。
囁くように、耳元で小さな声。
抱きしめたいなと水谷は手を伸ばした。










溶け入ってしまいたいくらいに穏やかで優しい栄口のその声が、
夢じゃないのに気がついたのは、頭に軽い痛みが降って来たからだった。
「真昼間っから、夢でも見てんのか」
投げつけられたのは確かに阿部の声で、
通りがかりにノートで軽く頭を叩かれるのはよくあることだ。
世界が冷える冬の日々だが今日のように小春日和だと、
先日の席替えでゲットした窓際の席のあまりの心地良さに昼休みくらい、
満腹感と睡魔に支配され、ついうとうとしてしまうのはしょうがないのではなかろうか。
けれどけれど、けれど。
「水谷、ねえ」
目の前に予期せず栄口の顔があって、茫然としたまま水谷は動くことができない。
夢を見ていたのは事実だけれども、
もしそのままこの現実でも腕が動いて栄口を教室で抱きしめていたらと思うと、
一気に眠気が覚めた。
「えーと、……今から、話し合い?」
「そ。来たら水谷寝てるからさ。花井がちょっと席をはずしているし、
話し合い始める前にと思って声掛けたんだけど」
そう言いつつの笑顔の栄口は、耳元で「『水谷』って」と囁く。
おぼろげに記憶に残る夢の映像と重なる。
声を掛けたと栄口は言うが、どうやら耳元で名を囁かれたというのは事実のようで、
夢とのリンクに自分の頬は火照っている。



花井がブリックパックの飲み物を抱えて戻ってきた。
買い出しは花井というのが、すっかり話し合いの際の定番となっている。
購買の自動販売機は最近ラインナップが変わってちょっと寂しかったりもしていた。
「ほら」と栄口に向かって、2つ投げられる。
「オレの分もあんの?」
思わず声を上げると、「そいつにやるこたねーぞー」と阿部の声が降って来た。
阿部はひどい、といつものことながら小さく唸る。
「いいじゃねーか、水谷最近頑張ってんだから」
花井はあっさりとそう返していて、あれ、と水谷は思う。
主将だからなのか、花井はけっこう部内のことに気を回している。
もう何度野球でも栄口の件でも世話になったか分からない。
ちゃんと見てもらっているのが、妙にうれしかった。
「そうじゃねーのか?違うのか?」
問うてきた花井に向かって水谷は、違わない、と言いつつ、首をぶんぶんと振った。
「だって、自分がしっかり立ってないと、支えることなんてできないよ」
「誰を支えるのか」の部分は本人にしっかり伝わって、目の前の栄口の顔が赤くなった。
もう「力になれない」なんて思っていなかった。
たとえ小さな力かもしれなくても、
自分がいることで栄口を少しでも幸せにすることができる。
そう思うと野球でもそれ以外でも、いろんなことを頑張ろうと水谷には思えたのだ。



数秒だけの沈黙の後、
「どっちがいい?」と、いちごオ・レとバナナオ・レが目の前に差し出された。
栄口は笑顔のままで、そのことにちょっとだけ安堵している。
何だかまだ夢見心地の状態でいちごオ・レを受け取り、「ありがと」と礼を返す。
暖房が入った教室内は寝起きの自分には些か暖か過ぎて、
冷たいドリンクがちょっとは思考をクリアにしてくれるかもしれない。
「栄口ー、始めっぞ」
花井の呼びかけに栄口は小さく胸元で手を振って、水谷の前を離れた。
「へへへ」
かっこいいことは言ったものの全然締まらない笑みを漏らしたまま、
水谷はブリックパックにストローを刺した。
口腔を刺激する冷たさと甘さが心地よい。
こちらを気にしてちらちらと様子を窺ってくる栄口の、頬はまだ赤いだろうか。










夢を見ていた。
それは幸せな、栄口との夢だった。



夢は脳内で情報整理がされてるから見るのだ、という話をどこかで聞いたけれど、
脳内が栄口でいっぱいで、だからそれが夢にも反映されているのかもしれない。



昼も夜も、水谷は栄口のことを想っている。



先程の赤くなった顔の栄口が可愛くて、夢の中にまで出てこないかなと、
窓枠に凭れて水谷はもう一度目を閉じた。





















遅くなってしまいましたが、
水谷のお誕生日に寄せて。









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