『お昼寝』
(2011年11月29日泉お誕生日記念SS)











冬の昼間に教室の窓から差し込む太陽の光には、
魔力が宿っているのではないかと、最近、オレ、泉はマジで思っている。







皆で祝い倒したオレと浜田、互いの誕生日や、
クリスマスやら年末年始やらが突風の如く過ぎ去った後、
埼玉の地はここしばらく普段より遠ざかった太陽のせいかいつもよりは冷えていた。
まあ、それを普通は「冬」と呼ぶのだが。



1年9組の担任教師にクラスの生徒有志から嘆願書が送られたのは、
3学期に入ってすぐだったと思う。
ノートを裂いて寄せ書き風ではあり、どこまでマジなのかは分からない。
内容は3学期の席替えに関してで、
今まで学期に2度だった席替えをせめて1月ごとにしてくれというものだった。
よく考えると3学期では2度が3度になるだけで、
それでいいのかと突っ込みを入れたくはなるのだが、
気持ちは皆分かるのでそのまま押し通ってしまった。
多少はエアコンが入るとはいえ、冬の季節の北側の席の寒さを分かって欲しい、
窓側の連中だけいい目を見るのは……云々、とつらつら書かれた嘆願書を、
見るなり大爆笑した担任教師が1月どころか毎週月曜日のホームルーム時に、
毎回席替えを施行したのには驚いた。
喜ぶ面々だったが、物事には大概メリットだけではなく相反するデメリットもある訳で。
1週間毎に席が替わるので、田島は机の中身の引越しにことごとく失敗しているし、
三橋はいつも自分の席が分からなくなって教室内をうろうろしている。
「だからせめて月一に」と嘆願書を追加するべきなのだろうかと皆で悩み始めた、
そんな頃の話だった。



「よっしゃ!窓際後ろ!」
月曜日午後の恒例となったくじ引きの紙を握りつぶしながら、
オレは声の方を振り向いた。
浜田が満面の笑顔でこちらに寄ってくる。
「泉、どこ?、席、オレ、ラッキーゾーン!」
なにがラッキーゾーンだ、なにが。
教室の南側一列をラッキーゾーンと呼び始めたのは誰だったのか。
既に決まった席の住人がが書かれてある黒板を見ると、
浜田はその中でも一番後ろという、羨望を集める席に当たっているらしい。
「そりゃ、良かったな」
「なあ泉、席どこ!」
「そんなの聞いてんじゃねー」
「いいじゃん、どうせすぐ分かることなんだしさあ」
もちろんこの時間に席の移動もすませてしまうのだ。
「なら聞くな!」とオレは言い捨てて、どっかりと教卓の真ん前に腰を下ろした。
一拍置いたあとに背後で吹き出したのが分かったので、
オレは立ち上がり振り向いて、前に存在している無駄に長い足に蹴りを入れた。
「いてっ」
「明日からお前の席で昼飯だかんな!」
「りょーかーいっ」
浮かれている浜田の背を見送って、
三橋と田島はどうなったかなとオレは黒板に視線を移した。





そして翌日、火曜日の話である。
「うまそう!」
「「うまそうっ」」
「いただきまーす!」
恒例と成り果てて、既に日常の一コマとなっている掛け声の後、
1年9組野球部の4人は昼飯となる。
本来ならば住人であるべき浜田が座るはずの位置に泉はいて、
三橋や田島は机の傍にどこからか持ってきたイスに腰を掛けている。
浜田は前の席のヤツからイスを借りて、
オレの目の前でぶーたれてつつコンビニおにぎりを開ける音を立てている。
「なあそこってオレの席……だよな」
「一日中ここなんて贅沢過ぎだろ。こんな後ろでそりゃ良かったなあ。
居眠りし放題じゃねえのか」
「泉くんがいじわるだ」
「今更」
漢字にすると2文字でばっさりと切り捨てて、目の前のメロンパンの袋をばりばりと開ける。
弁当はすでに昼前には空になっていてバッグの底に転がっていた。
貴重な昼休みの時間だ。
睡眠時間は少しでも確保しなければならない。



「なあ浜田、ここなんか書いてある?」
田島が浜田の机の中央を指差した。
「どれ?」
オレは胃に十分に食料を送り込んだところで、睡魔が湧き出てくる頃だった。
たぶん女子の可愛い丸文字で机の中央に小さな文字とかハートだかが書いてある。
鉛筆書きだったので指で横着に消そうと浜田が手を伸ばしてきた。
是幸いと「寝るぞ!」とオレは声を掛けた。
「ごちそうさまー!」という田島の号令を合図に、
浜田の手を敷いたまま、オレは浜田の机に突っ伏した。
「っ!ちょ、い、泉くーんっ!」
片手におにぎりを握ったまま、もう片手を封じられて浜田は慌てているようだ。
睡眠時間を確保しようと考える自分たちの食事時間は有り得ないほどに短く、
いつも浜田は置いてけぼりを食らわせられている。
田島と三橋はイスを動かし、さっさと自分の席に帰っていった。
手を抜こうとして動かすが上手くいかない様子で、その反応が楽しかった。
「……もう寝ちゃったのかなあ」
寝てるわけがあるか、おめーの反応が楽しみなのに。
寝たふりだ、寝たふり!
指の関節に、腕で隠した頬を一度だけすり寄せたら急におとなしくなった。
女子の手のように柔らかくはないのだけれど、
大好きな浜田のごつごつしている長い指の感触がいつも恋しい。
触れたくてたまらなかった。
何故だろう、最近いろんな抑制が効かなくなってきている。
好きだなあと思う。
思うだけでこんなに心が震えてしまう。
そのせいだろうか、さっくりと睡魔に意識への進入を許してしまった。
日差しは世界を包み込んで、優しい。
蹲って泣いていた秋の頃の自分に、
季節が変わればこんなにも穏やかな日々がやってくるんだよと教えてあげたくなるくらいに。
暖かくて、幸せで、感謝している。



小さい子供が縫いぐるみを抱えて眠るように、
浜田の手の温もりを感じつつ、オレは暖かいこの席で暫しの間、お昼寝を楽しむのだ。










触れたい時に、簡単に触れることのできる幸福を、
冬の暖かい日差しと共に十分に甘受しながら、
オレはこの当たり前とも思える日常に感謝していた。


















遅くなりましたが、
泉、お誕生日おめでとう!



ツンデレな泉が本当に大好きです。






back

2011.12.11 up