出会ったのは春で








『引力』










春にはたくさんの種類の花が咲いている。
月を追うごとに移り変わって
桜、菜の花、チューリップ、たんぽぽ、藤と
子どもでも知っている花が
あちらこちらで次々に咲いていく。



咲き乱れた花も終わりかけ、夏に向かう頃
部室を出た三橋の目に映ったのは、
もう暮れかけて群青色をした
西の空にある細い三日月だった。



月だけがぽかり、星は見えない。
見上げる。
見上げる。






月はひとりでさみしくないのかな、と三橋は思う。
夜空にひとつきり浮いていて、傍には星さえもなくて。
まるで中学時代の自分のように
まわりにあるはずの星すらも全然見えなくなっていって。



孤独感はまだ消えない。
忘れようとしても、意識の底に沈んでいて
ふとした拍子に心の奥をかき乱す。
ほら。
今また。
こんな風に。



じわりと涙が滲むのを
いつも抑えられない。
だんだんと
視界がぼやけていく。
もしかすると月も泣いているのかもしれない。



俯いたら地面だけが見えた。
月は見えなくなった。








「三橋」
阿部の声に、三橋はびくりと体を震わせた。
今週阿部は部室の鍵当番で、
鍵を返しに行く間、彼を待っていたのだった。



「何泣いてんだ。なんかあったのか?」
顔が上げられない。
涙はもちろん止まらない。
「あ、べく…」
息が詰まって名まえも呼べない。
どうしよう。
どうすればいいんだろう。



阿部は三橋の傍に近づいてきた。
そうして、三橋の片方の手を握る。
阿部の手は…暖かくて好きだった。



「何度も言ってっけど、言わなきゃ分かんねェ」
「う…」
「聞くよ、ちゃんと。怒んねェから」
怒らないといいつつ、いつも怒られているようなものなので
三橋はなかなか言葉を出せなかった。
月がひとりで寂しそうだから、という理由は
きっと怒られるに違いない。
でもこのままじゃ…帰れない。
いつもより穏やかな声音の、阿部の言葉を信じたかった。





袖で涙を拭う。
まだ顔を上げることはできないけど。
「…つき、が」
「月?…ああ、キレイな三日月が出てんな」
「ほしがいなくて、さびし、いよね」
「寂しくなんかねェぞ」
そう言葉を返されて、思わず顔を上げる。
阿部は笑顔で三橋の前にいた。



「空見ると月と星は一緒にいるように見えっけど
実際はすごく離れているんだぜ」
「じゃ、じゃあひとり、ぼっちで…」
三橋は涙目になりながらも
懸命に言葉を出す。
じゃあやはりあの月は寂しくひとつ、
あの空にあるのか。
「地球が居るだろが」
「…!」
「月がずっと空に浮かんでいるのは、
地球と引き合っているからだよ。
だから月は全然寂しくなんかねェんだ。
いっつも地球といれんだから。
どちらも太陽の光を浴びて、
一緒に太陽のまわりをまわってんだよ。
…そうは思わねェ?」
そう言って握る手に力が篭る。
「あべ、くん」









月はきっと
地球のことが大好きだと思う。

その大きさと青さ
自分にはないものに憧れて。


地球がいなければ月は
宇宙のゴミになってしまっていたかもしれない。
お互いの引力で引き合って
束縛にはなりえない安心感を感じて
少しずつ惹かれていく。


阿部君がいる。
だから、大丈夫。
寂しくない。
ひとりじゃない。







「ありがと、阿部君」
「…どうやら泣き止んだみたいだな。帰るぞ」
「う、うん」
そのまま三橋の手を引いて、阿部は歩き出した。
繋がれたままの手がうれしかった。
二人並んで自転車置き場まで向かう。



三橋は先ほどより光の質量を増した
三日月を見上げた。
地球といつも共にあるその月が
笑っているような気がして…。





三橋も月に向かって笑った。









*

出会ったのは春で




その時からずっと
僕はきみだけを
見つめてきたのだと思う


引力によって
もう何処へも動けない


このままどうか
引き合っていてと


ただそれだけを願った











春夏秋冬話第1弾
このシリーズメイン8人のうち
残りの4人視点で書いていきます。

阿部と三橋。
まだ全然出来上がってない二人ですが
このままのんびりいきそうな
気もしています。


BGM : レミオロメン『春夏秋冬』






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