星が瞬く、静かな夜に。






『この夜は清く』











今年のクリスマスイブは小春日和で、
澄み切った空が、夜になっても雲を何処かに押しやって世界を包んでいた。
たくさんの星が光っている。
雪が降る気配は無く、
ホワイトクリスマスには今年もならないようだ。




イブの夜は2人、家でクリスマスケーキを作ろうよと
栄口に向かって言い出したのはオレ、水谷だった。
クリスマス当日は、野球部の皆とささやかなパーティをする予定で、
だからこそ2人きりで会う時間を作りたかった。
本格的にケーキを作る時間も腕も金もなかったけど、
親に作ってもらったチョコスポンジに大好きな生クリームを塗って、
お菓子とフルーツをたくさん飾って、
出来上がりよりそのデコレーションの過程を楽しみながら、
栄口とイブの夜を過ごしたかった。




生クリームを泡立てている栄口の横で、
ボウルに指を突っ込んでついた甘い大好きなものをぺろりとなめる。
「水谷っ」
向けられたのが膨れっ面、それでもすぐに笑顔になって、
その笑顔を見るのがオレにとってはうれしかった。







だから決して泣かせるつもりはなかったんだ。
色とりどりにお菓子で飾り付けられた白いケーキの完成品を前に、
両手で顔を覆って栄口が今、オレの目の前で泣いている。




聞こえたのは小さく喉の奥から零れ出たひとこと。
「おかあさん」




声と一緒に零れた涙の粒が光ったように見えた。
それは星のように。
闇空に瞬く星のように。













栄口の記憶の奥にどんな思い出があるのかは分からない。
お母さんと一緒にケーキを作った思い出でもあるのかもしれない。
「……栄口」
真横から近付いて両腕を栄口の肩にそっとまわした。
力は入れず、栄口自身を包み込みたかった。
栄口はオレの腕に顔を埋めてくる。
あんまり静かに泣いているので、
腕は一本だけ貸したまま栄口の丸まった背をただ撫でた。
ここでドラマなんかでは格好良く「泣くなよ」って言うのかもしれない。
けれどそんなこと言いたくはなかった。
「泣いていいよ」
「……ごめん、オレ……」
「泣いちゃって、いいんだ」
笑っても泣いても怒っても、好きだった。
ありのままの栄口がどこまでも大好きだった。






今までお互いずっと無理して笑ってきた。
泣きたい時には泣いていいよ。
どんな思いも受け止めるよ。



オレは自分の非力さを知っていて、
栄口を想うこと以外何もしてあげられないけれど。





ほら、窓の外、全天に星が降る。
その光、その何処かに栄口のお母さんの光もあって、
きっと見つめてくれてるよ。
言葉に出しては言えないけれど、オレはそう思ってる。
見上げれば優しい光が角膜まで降ってくる。
明日へ続く光を心にも灯せればいい。




も少し栄口が落ち着いたら、お茶を淹れよう。
一緒にデコレーションしたケーキを食べよう。















幸せが皆の近くにありますように。
今夜はクリスマスイブ。




静かな夜、この夜は清く。
優しく瞬く、たくさんの星へ祈った。










*
メリークリスマス!




この話は私の中で一番長く抱えていた話で、
一昨年も(笑)昨年も書き損なっていて、
(『朝を繋ぐ』の後の話なので)
やっと今年のクリスマスに書くことができました。





BGM : 『きよしこの夜』







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2008.12.24 up