交わし合う視線の
ただそれだけがうれしくて











『交わし合うもの』










綿菓子のように柔らかくて甘い時間が過ぎていた。





三橋が得たものは安心感だった。
阿部ときちんと恋人同士という関係になってからも、
実際には現実の何が変わるわけでもなく、日々は過ぎていく。
ただその安心感は今までなかなか得られなかったものであり、
三橋にとっては極上の甘さを持っていた。





受け入れてくれたことへの安心感はこんなにも大きい。
膨れ上がって広がって、ただ満たされて。
否定的な感情が入る隙間も無いほどに。





伸ばした手はちゃんと阿部の手が受け止めてくれる。
見つめた視線は、もちろんいつもではないがちゃんと返って来る。
交わし合うことがうれしくて、つい何度も見てしまう。
阿部の照れたような表情がまたうれしくて、何度も。
何度も、何度も。





どんなに怒られても、呆れられていても
嫌われてはいないんだ、ということが分かってきたから、
三橋のずっと抱えていた不安は少しずつ大気中に拡散して溶けていく。





「阿部君が好き。大好き」
言葉が零れてしまったあの月の夜を覚えている。
三橋が持っている想いは、いらないものをそぎ落としてしまえば
本当にたったこれだけで。








「ねえ、阿部、君」
「ん?」
「…ねえ」
「何だよ?」
三橋の家で三橋の部屋で。
2人共座り込んで。
困惑する阿部の腕にぎゅっとしがみついたまま
三橋は動こうとはしなかった。
阿部も呆れつつも黙って三橋に身体を預けていた。
「う…ごめ…」
「なんでお前はそこで泣くんだよ!」
はたりと床に落ちる涙は自分では止めることができない。
阿部に優しく頭を撫でられて、うれしさを抱えながら
三橋はずっと言いたかったことを言った。
「…ずっと傍にいて」
「三橋」
「オレを絶対離さないで」
手に指に力を込める。
持っているのは「好き」というただそれだけの言葉なのに
どうしてこんなにも人は我儘になっていくんだろう。
求めるものは果てしなく広がっていく。
手に入れたもの、それによる幸せは何処かに置き去りにして
もっともっとと欲しがるばかりで。
「離れねーよ絶対。つーか、離さねーから」
阿部の言葉は三橋の心に優しく響いて、そこでやっと
三橋は今が幸せだということを実感として受け入れたのだった。














秋から冬に向かう季節だった。
青空は世界の上方に広がって、薄い雲がその青を横断していく。
風はけっこう冷たいけれども日差しはまだまだ暖かい。





三橋が昼休みに7組まで来て阿部君の前の席を借りて眠る、
それは毎日の日課になっている、安心できてとても幸せな時間だった。
秋になって阿部は席替えをして、廊下側から2列目の席に移っていた。
前の席は水谷ではなかったけれど、水谷に話をつけてもらって
いつも阿部の前の席にお邪魔することができていた。




「よ」
阿部から差し出された手に軽くタッチする。
最近ずっとこのお手がご挨拶となっている。
「…阿部君。これ、泉君から、お菓子」
イスに座りながら、阿部に小さな紙袋を渡す。
「おう、ありがと。後で花井達と分けるよ」
「うん。…お、おやすみ、なさい」
「ああ、おやすみ」
視線を交わし合って、充足感に三橋は微笑む。
阿部の笑顔を視界に入れながら、机に突っ伏し目を閉じた。
そして、すぐに眠りに誘われた。








こんな日常がいつまでも
いつまでも続けばいいのに




幸せがいつまでも
世界にたくさん降り注げばいいのに




願うのはただひとつ




見つめ続けたあの空に、月に星に、雲に虹に
世界を彩り、移り変わる空の色に思いを馳せ




願うのはただひとつ
自分だけじゃなく










すべての人の傍らに
幸せが在りますようにと


















2人の話はまだ、これから。









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2007.2.12 up