その雨の降り始めを
ひたすらに
待ち焦がれていた


五月雨(さつきあめ)の影は
ふたりの世界に
いつまでも降っていた


落ちる雨音は
意識の遠いところで
響いている


雨上がりの瞬間には
空を見上げて
虹をさがそう










『雨上がりの瞬間』










鬱陶しかった梅雨も終わって、太陽はまた世界の中心に戻ってきた。
けれどすっきりした天候ではなく、
たまにぐずぐずと雨が降っている。
夕立のようにどかんとした降り方ではないのに
まだ夏になりきれていない、季節の不安定さを感じる。






それにしても、三橋は何を探しているんだろうと、
阿部は最近思っている。






雨が上がって、空から光が差し込んでくると
三橋はこのところ必ず空を見上げる。
例えば窓から切り取られた空を見て、
例えば頭上に広がるまだ雲に覆われている空を
くるりと見渡して、何かを探しているような素振りを見せる。





あの春の日のように、月を探しているのだろうか。








「虹を探してるんだよ」
そう言ったのは、ブリックパックのヨーグルトなんかを飲んでいる水谷だ。
奴にしてはめずらしいチョイスだ。
昼休みの1年7組、阿部の机の上では、前の席に座っている三橋が
すやすやと可愛い寝息をたてている。
三橋の髪を撫でようとした水谷の手をぺんと叩く。
自分の席には三橋が座っているので
近くから椅子を引っ張ってきてその横にいる。
「んー、可愛いな♪三橋は。よく寝てる」
「オレんだぞ」
「知ってるよ、別に取んないよ」
「虹って、なんで」
「なんでだろうねェ」
「…なんでそれを水谷が知ってんだ」
「ああ、そっち?知ってるっつーか、最初に気づいて三橋に尋ねたのは
栄口なんだけどさ。でもオレ、何度も三橋と一緒に虹を探したからね」
「雨上がりにか?」
「そ。雨上がりに、空見上げてさ」





三橋はよく、空を見上げている。
雲が流れているのも、太陽が朱に染まるのも、
星がとおくに光るのも、月が朧に漂うのも、
世界を流れていく風を纏いつつ、その風に
三橋の持ち物である薄めの色素の柔らかい髪を揺らして
ただ空を見上げている。
その表情はとても穏やかで、
普段の三橋らしくなく穏やかで、愛しく思ってしまうのだ。





愛しく、愛しく思う。
今目の前で、甘い寝息で眠っている三橋も。
たぶんどんな三橋であっても。









虹だけは、見ようとして見れるものではなく
そのためか、探して。
雨が上がり、晴れ間が見える度に
虹の気配を三橋は探し続けているのかもしれなかった。









「…なあ、あべー」
「ん」
「もしかしなくても三橋のために
虹を探してやりたい…とか思ってたりしねェ?」
「してるよ。なんでわかるんだ」
水谷が問うのにあっさりと答えを投げると、
そうだよなあ、とぼやきつつ、目の前で溜息をつかれた。
ウゼー奴だ。
「でもさー、実際、本物のでっかい虹なんてなかなかお目にかかれないじゃん」
確かにそうだ。見ようとして見れるもんでもない。
「…そうだな。作るっていう手もあるけどな」
「作る!」
水谷は目を丸くしている。
「まあ、そういう手もあっかもな。でもさ、オレにも策があったりすんだけど」
「策って…お前が言うと笑えるぞ」
「ひでーよ、阿部はよ」
「今更だな。で、水谷、策ってなんだ」
水谷は三橋をちらと見遣り、ちゃんと眠っていることを確認すると、
携帯電話を取り出した。




















三橋はぼろぼろと阿部の前で涙を零していた。
「あべ、くん…ありがとうっ…!!」





空は暗くて、昼過ぎから降りだした雨は
またしっとりと風景のすべてを濡らし続けている。
部活が終わった後の部室で、2人きりでいる。
今週鍵当番の水谷は「オレ用事あるからさ〜。戸締りよろしくね♪」と
部室の鍵を阿部に押し付けて帰っていった。確信犯だ。
明日、今日飲んでたのと同じヨーグルトを奢ってやろう。





着替えが遅い三橋を待って、その後に話を切り出す。
カバンから携帯電話を取り出した三橋に、目の前で阿部はメールを送った。





三橋はメールを読んで、添付されていた画像を開いて…。
その顔はみるみる赤くなっていって、
大きな目からぽろり零れた涙がひとつ。
「あべくん…知ってたの?…オレ、虹、探してた…」
阿部も虹を探したのだ。…携帯電話の待受画像だったけれども。
キレイな写真で、虹の色がけっこう好みで。
「今は、こんなもんしかあげれなくて、ごめんな」
「あべ、くん…ありがとうっ…!!」
「泣くなよ。オレはお前が喜んでくれるんならそれでいーんだよ。
本物の虹をあげたかったけど、それはできねェから」
水谷からの提案というのが、ちょっとばかし癪ではあるのだが。
できることはしたかった。
したくないのは、諦めることだけだった。
「待受にしてたらいつでも見れるぞ」
「う、うんっ…。え、と」
覚束無い手つきで携帯電話を扱う三橋に苛立って、
それを取り上げる。
「してやっから、貸せ!」
「う、ごめん、なさい…」
画面表示設定を変更している阿部の、右肩にそっと重みがかかる。
三橋の手が置かれているのに気づいて顔を上げる。
視界に影が差す。





阿部の頬に、柔らかいものが触れる。
触れて、離れて、またすぐに触れた。





肩の重みと唇の感触は阿部が呆けているうちに無くなって、
その代わり、俯いて震えている三橋の姿が目に入る。
「…うれしい…」
そう呟くのを聞くと、阿部は居ても立ってもいられなくなった。
携帯電話を三橋に渡すと、そのまま阿部は三橋の背を掻き抱いた。
うれしいのは、こちらも同じだ。
「好き」の感情が溢れて止まらなくなる。
三橋の額にこめかみに頬に鼻に顎に、唇にも、キスの雨を降らせて。
ぎゅっと目を閉じて、ちょっとだけ震えて、顔は赤いまま三橋は、
「あべくん」
蕩けるような表情で、阿部の名を呼んだ。













「今度は2人で虹を探そう」
そう、三橋に送ったメールの本文と、
まったく同じ言葉を阿部は囁いた。








雨上がりの瞬間を、
今度は2人で待つのだ。





















7組の3人息子の関係というのが大好きで。
月篠の好きなベスト3が揃っていて、全員攻側…。
3人でいるのを妄想すると、くらくらきちゃいます。
かっこいい彼らなのです♪
2人ずつの関係というのも、書いててかなり楽しいです。

てか、月篠はやっぱ阿部に夢を見てそうです…あれ?
どうしても三橋と仲良くさせたかったので、
時系列を「安眠」の後にずらしたSSでした。






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2006.7.2 up