やっぱり
誕生日にはわくわくしたい










『ありがとう』
(2006年6月8日栄口お誕生日記念SS)









「さーかえーぐちー」
そろそろかと雨を待つ空の下、
昼休みの1組の教室で水谷が
オレ、栄口に声をかけてきた。





阿部にいじめられて、
1組にいつものように逃げてきたのかと思ったけど、
どうやらそうではないらしい。
「ね、栄口、もうすぐ誕生日だよね?
何か欲しいものある?」
にこにこといつもの笑顔で。
「…オレの誕生日、知ってたっけ?」
「あああ、ひどっ!三橋の誕生日お祝いした時に、
次は誰だって話になったじゃんよ〜」
確かに…そうだった。
西浦野球部メンバーの中で、
三橋の次に誕生日を迎えるのはオレだった。
パーティはいいからって逃げてたら
当日には部室でみんなでバースデーソングを歌うからと
そんなことを言われた記憶がある。
うわ、恥ずかしいぞ、それって。…カクゴしとこう。





欲しいもの…か。





ものっていうより、せっかくの誕生日なんだから
わくわくしたいな…と思ったりする。
水谷の顔をチラリと見る。






「ね、水谷」
「ん?なになに?」
「誕生日には水谷の時間が欲しい」
「え?どゆこと?どっか付き合うとか?」
水谷は首を傾げる。良く分からないといった顔付きだ。
「10分でいいんだ。プレゼント、それでいいよ」
「え…うん。いっけど?」
「じゃあ、6月8日、『お昼休みに屋上にいらっしゃい』」
「それって…」
あの招待状の文章だよ、とオレは笑った。





もう季節は梅雨も近くて空は今にも雨が降りそうで
あの白い月を見た、爽やかな空には出会えないかもしれないけど
水谷に逢うなら、やはり屋上で。
8日のことを考えるとちょっとわくわくしていた。
普段はできないことをやってみたかった。
誕生日なんだから、許されるかもしれない。












6月8日。







午前0時に始まる電話やメール、
朝起きてからの家族、学校へ行ってからの友達からの
言葉やプレゼント。
たくさんのお祝いを受け取って栄口は幸せだった。
毎年母が焼いていたケーキはもうないのだけど
周囲からの愛情をたくさんもらってうれしかった。





残念だったのはやはり天気で、朝から雲が厚く
2時間目の途中からはぱらぱらと雨が降り出した。
それでも昼休みにはなんとか降り止んで
雲が少し薄くなって、辛うじて光の存在を確認できた。





雨に濡れた屋上には、誰もいなかった。





待たせるより、待つほうがいいかなとオレは思っている。
わくわくしてどきどきしてる。
ドアの横で水谷が来るのを待つ。





しばらく経ってドアが静かに開いて、
水谷がひょこんと顔をだした。
「さかえぐちっ、いた!」
へへっと笑う水谷に、笑顔を返す。
ドアを閉め、こちらに近づく水谷の手を引っ張って
給水タンクの陰に隠れる。
「ど、どしたの栄口。ちょっとまってちょっと」
「ん?」
「まずは言わせて」
水谷は息を整えて、その大きな瞳をこちらに向けて
にっこりと笑いながら
「栄口、お誕生日おめでとう!」と言った。
温かいものが心を満たしていく。
うれしい。
「おめでとう」と言われるのがこんなにもうれしい。
今日は誕生日。





「…そんでプレゼント、オレなんかすんの?」
「そうじゃなくて。何にもしないで」
「へ?」
「しゃがんでよ、ちょっと」
立ったままだと、何処からか見えてしまうかもしれない。
2人して慌ててしゃがんだ。
雨はもう止んでしまったけれど、匂いは残っていた。
鼻腔を通り抜ける雨の匂い。
「プレゼント…10分くらいでいいんだ。オレの言うとおりにしてよ」
「うん…いっけど?」
「動いちゃだめだよ。喋ってもだめ」
「ええ?」
「でさ、オレ、水谷に触ってもいい?いいよね」





水谷はそれはもうすごく驚いた顔をして、
その顔を赤く赤くして固まってしまっていた。
言ったこっちも顔が熱くなってくる。
わくわくして。
どきどき、する。
「さかえぐち」
「口は開かない。そのまんま」
オレはまだ手を出さず、水谷の顔をじっと見つめる。
見つめ合う。





こんな風に、水谷の顔を正面から
まじまじと見るチャンスなんてあるもんじゃない。
きれい…というか可愛いというか、そんな顔つきをしている。
大きな目だな。
色素が薄めの少し癖が入った髪が、風にふわと浮いている。
人当たりが柔らかく、よく気がついて優しいので
女子の人気がすごく高い。
1組の女子からも「フミキくん」と呼ばれてる。
たぶん7組でもそうなのだろう。
水谷のことが好きなヤツもきっとオレが知らないだけで
そこらへんにいそうな気がしている。
「水谷、目、閉じて」
オレは言った。
水谷の目は閉じられた。





近い距離。
腕を手を関節を、指先をも伸ばして水谷の鼻に軽く触れる。
驚いたのか身震いをしている。
そのまま指で頬を撫で、つんつんと突く。
目を開けようとした水谷の、二つの瞳を掌で塞いだ。
「動かないで」
そう、囁いた。
掌を外して、髪に触れていく。
首に触れ、肩に、膝の上で組まれた腕に、
その先の手にまで指を滑らす。
すごくわくわくして、どきどきして、幸せだった。
ほんのちょっとの時間だったけど。





「も、いーよ、水谷。ありがとう」
手を離すと同時に、両の手首を水谷に掴まれてしまった。
そして下ろされた手は少し痛かった。
水谷は少し潤んだ瞳を開けて、オレを見つめてる。


















どうしたの、水谷。
震えてる。
何をそんなに不安がってるの。
逃げないよ、オレ。
だって気づいてる。そしてもらうから。





水谷の顔がゆっくりと近づく。
顔を見ていたかったけど、やっぱり恥ずかしくて
オレは瞼を閉じてしまった。





吐息が近くて。
心臓の音、すごく高くて。



近づく。
気配。
触れる。





雨は降っていなかった。
雨の匂いだけが感覚を侵食していた。
今、この瞬間までは。





唇に触れた、水谷の持つ同じそれの柔らかい感触が
自分の感覚を水谷でいっぱいにしていく。
一瞬だったのに。
ほんの一瞬のことだったのに。
「さかえぐち」
顔を離して、オレの名を呼ぶ水谷。
なんでそんな泣きそうな顔してんの。












もらうから。
ちゃんともらうから。






今日は誕生日。









もらったプレゼントは
たぶん本人は気づいてないだろうけど。
水谷の気持ちだった。





少しずつは気づいていた。
そして、今日、やっと確信できたんだ。





















ありがとう。
オレを好きになってくれて。





ありがとう。
水谷。


















栄口くん、お誕生日おめでとう!



水谷をよろしくお願いします…もうほんとに(笑)



この話が『お手をどうぞ』の前だというのが
自分的にびっくりでした。
その後、ずっとヘタレ続けている水谷…(笑)
頼むから進展してくれ(笑)
秋の『瞬き』でも、まだ告白すら出来てないぞ。
気持ちはここ(『ありがとう』)でとっくにばれてんのに。

ただこのカプは最初から
両思いのつもり(つもりかよ)で書いてます。



さて、この話。
巣水「しろいつきシリーズ」の中に
巣山が水谷に触るという話があるのですが
栄口だとどうなるかな?と思って書いたのがこれでした。
(ちゃんとミズサカです…サカミズではない、一応)
すっごく楽しかったです。











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