力になりたい



でも
力になれない













『居眠り』










ずいぶんと蒸し暑くなってきて
朝から晩まで部活に始まり部活に終わって
「ああ夏だよな」と実感ひしひしの今日この頃。





「さーかえぐちー」
オレ、水谷は放課後に1組に顔を出していた。
「いっしょに部活いこー」
そう言いつつ勝手知ったる教室の中に入っていく。
オレの姿を認めて栄口は、軽く手を振ってくれた。
ううう、うれしい。
栄口の席まで近づいて、「部活いこ」とオレは笑顔でそう言った。
「…水谷、どしたの?阿部にいじめられたの?」
笑顔でそう返される。
ううう、やはりばれてる。
そりゃそうかも。オレは毎日栄口を迎えに来ているわけじゃない。
7組に居辛い時に逃げてくるのが、ここ、1組なのだ。





今日の昼休みに、いつものように三橋が来ていて。
阿部の前、オレの席で気持ちよさそうに眠っていたんだ。
ああ可愛いなと思ってその柔らかい髪をつい何度も撫でたら
…阿部の機嫌が、悪い悪い。
可愛いと思ったんなら、
自分も撫でてやりゃいいじゃねェかと思うのだけど、
阿部のキャラとして(なんだそりゃ)そういうわけにはいかないらしい。
加えてオレの三橋に手を出すな、ということらしい。
つれなくされて落ち込みながらも
栄口に逢うのを楽しみに、放課後1組に顔を出したのだ。
「そういえば、巣山は?」
いつも一緒にいる巣山の姿が見えない。
「今週オレ週番だから、先に部活行っててもらってんだよ。
まだ週番日誌も書かないといけないし、
水谷も先行っててもらっていいんだけど」
「えー、オレ待ってるよ」
オレは頬を膨らませた。
「え…と、待ってても…いいけど」
照れたような感じの栄口を見て、すごく満たされた気持ちになる。





「フミキくん、栄口くん、ばいばーい」
「またねー」
「なんかすっかり馴染んでるよね…」
まだ教室に残っていた女子の数人から声をかけられ
明るく返したら、週番日誌を書き始めた栄口から
ぼそりとそんなことを言われた。
「へへっ。ねー栄口、オレ1組に越してこうかな?」
「じゃあオレは代わりに7組に移るよ。部の話し合いもしやすそうだし」
「ああっ、それはひどいっ」
真顔で言われて、ちょっと焦った。
女子が出て行った後の1組の教室には、オレたち2人きりが残った。
2人っきり、ちょっとどきどきする。
栄口の前の席に陣取って、その顔をじじじと見つめていた。
「そんな見られてたら、書きにくいんだけど」
「…おとなしくしてま〜す」
しょうがない、と教室をぐるりと見渡す。
「ね、水谷。三橋、昼休みずっと7組に来てんだって?7組で寝てんの?」
「そ。何故か9組じゃ眠れなくて、浜田がすごく心配してたらしくてさ。
泉が連れて来たんだよ。最近阿部とも仲良くなってきたからってことじゃね?」
「ふーん、泉がね…」
「どうかしたの?」
「ううん、別に」
栄口はそこで言葉を切って、
また週番日誌のほうに意識を戻したようだった。
沈黙が何処かからぽとんと音をたてて落ちてくる。






静かになった。
オレもぼんやりと窓の外、風に木々が揺れるのを見ていた。
あんまりにも静かなので栄口に視線を戻すと
…頬杖をついて、目が閉じられている。
「…おや」
いつの間にか、栄口は眠っているようだった。





疲れているんだろうなと思う。
朝の5時から夜の9時まで、野球でガッコで野球で。
夏体までもうあまり時間もなくて、
オレたちは頑張ってる。
でも、栄口はオレ以上に頑張ってるんじゃないかと思う。





「朝から晩まで練習練習でさ。家族に家事まかせっきりで
申し訳ないな〜とかは思ってるけど」
前にそう言った時の栄口は笑顔だった。
「うち、母親いないから」と言ってた。忘れられない。
あっさりとした口調で。心配ないよとそんな風に。
練習が終わって家に帰ってから、オレなんて
風呂入ってメシ食ってベッドに倒れこんですぐ夢の中だけど
きっと栄口はお父さんとかお姉さんの手伝いなんかもしてそうだ。
授業もちゃんと受けてると思うし…
疲れて、居眠りしちゃうのって当たり前だよな。ムリもないよな。





栄口の寝顔をそっと見つめる。





力になりたい、と思う。





けれどもオレは実のところ栄口の力には
これっぽっちもなれてない。
余計迷惑かけてるだけかもしれない。





今、目の前に広げられている週番日誌も
クラスが違うから、今日あったことなんて分かんないから
代わりに書いてやることすらもできない。
自分の力の無さを実感する。










オレじゃダメなの?





オレじゃ栄口の力にはなれないの?





見せてくれる笑顔のそれ自体はとてもうれしいけれど
水谷にはほんとの心見せてないんだよ、と言われているようで
それが辛くて。
でもそんなの気づかせたくなくて、
オレもまた、栄口の前では笑顔を作ってしまうんだ。





オレの知らないところで、一人で泣いてるんじゃないの?





そうはやっぱり訊くことなんてできなくて。











……マジでめげそう。






情けなくも泣けてきちゃって
栄口の前、今座っている席の机に
突っ伏したオレだった。












「水谷、水谷!起きて!」
顔を上げると、栄口の顔が間近にあってびっくりした。
「え、あれ、オレ…寝てた?」
いつの間に寝ちゃったんだろ。うわあ、ほんとびっくりだ。
オレまで居眠りしてどーすんだって。
「ごめん、オレにつられて寝ちゃったのかな?
待たせてごめん、日誌も書いたし、戸締りだけなんだ。行こうか?」
「あ…栄口」
「ん、何?」
オレは、ううん、と首を振った。
「部活、行こ」
とそれだけ言って、にへらと笑った。









言いたくて、抱えている言葉はたくさんあるはずなのに
何にも言うことができない。
「好きだ」と、
そんな肝心なこともまだ栄口に言えないでいる。





なんでオレ、こんななんだろ。











力になりたい。





でも
力になれない。










栄口を幸せに、したいのに。















自分の非力さを知っている
そんな水谷が好きです。





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2006.5.15 up