思えば


あれが最初だった












『眠り込む』










まだ春と夏の境目の時期だった。
合宿中で、三星戦を明日に控えたその夜のことだった。









雑魚寝状態で合宿中はその寝場所を決めずに眠っている。
部屋に敷き詰めた布団の空いたスペースを探して
オレ、花井は人よりはちょっとばかり高い身長の
その体を潜り込ませた。





うとうととしていたが、急に腹の辺りに重みを感じて
苦しくなる。
何だろうと思って、不自由な状態のまま体を少し起こすと
重みの部分から「ふにゃ」と田島の声がする。





お、おい。田島かっ。





田島はオレの腹の上に頭を乗せて、
もう眠りモードに入ろうとしている。





待て。ちょっと待て。
重いけど狭いけどそれ以前に、ちょっと待て。





「田島!」
「…ん、オヤスミ」
「じゃなくて、ちょっと横にずれろよ」
「いーじゃん、このままで」
「良くねェよ」
「花井、でっかくてあったかい」
すり、と腰の辺りに顔を摺り寄せられびっくりする。
なんでコイツこんなに寄ってくるんだと思う。
「ニヒヒ」
「…笑ってんじゃねー」
「あー早く明日になんないかな」
「楽しみなのか?」
「オレ、打つからね」
オレは大きく頷いた。
「…それは分かった。けど、寝れねェから!」
無理やり田島の頭を押しのける。
「ちぇーっ」
「寝るぞっ」
田島はオレの傍に張り付いて、
ふにゃふにゃ言いながら静かになった。
指で頭を軽く小突いても反応がない。
やがて寝息が聞こえてきて、それに誘引されたのか
オレもすぐに眠りへと引き込まれていった。







朝になったら、掛け布団の上からまた
今度は体ごと圧し掛かられていて、
重くてすぐには起き上がることができなくて。
オレは大きな大きな溜息をついたのだった。













思えば、あれが最初だった。





突然にオレにくっついて眠り込んでしまった田島。
確かにあの合宿4日目の夜が最初だった。




















初夏のグラウンドは流れる風も爽やかで、
肌をするりと撫でていって気持ちがいい。
空は雲も少なく晴れわたり、
朝練の前にグラウンド整備をしつつ、
朝の空気の心地よさに暫し浸る。
「はーないーっ」
田島の声がする。
来るな、と思って下肢に力をいれる。
思ったとおり後ろからどんとタックルされ、腰に手を回される。
「た・じ・ま!痛ェ!」
「おはよっ!」
顔だけ背後に向けると、にかっと笑って田島はオレを見ている。
「…お前はいっつも元気だな」
「おう」
オレは少しばかり呆れ顔で、息をついた。





毎日のことだから、さすかに慣れてきた。
田島がまとわりついて来ても、だんだん平気になっていく自分がいて。
なんでこの田島と名まえのついた犬っころ(いや人間だが)に
こんなにも懐かれてしまったのだろうかと思い返しても
記憶の隅まで穿り返しても皆目分からない。
もしかして、こんな状態が3年間続くんじゃねーだろうなと
ちょっとばかりの不安を過ぎらせてみる。
田島の頭をがしがしと撫で回す。
「ほら準備しろ」
「うしっ」
田島は満面の笑みを浮かべ、駆けていった。







さあ、1日がまた始まっていく。


























この楽しくも穏やかな関係が
壊れることもなく続いていくものだと
信じていた自分がいた。





田島の笑顔は変わることがないまま
ずっと自分に向けられると、
その時オレはまだ思っていたのだった。

















まだ、田島が痛みを抱える前の話です。





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2006.5.14 up