2人だけの、秘密だよ













『秘密』










ある夏の日の昼休み。





オレ、水谷の目の前にはすやすやと眠っている三橋と、
すっごく難しい顔をしている阿部がいた。
「三橋との大事な秘密なの」
何で三橋と阿部が好きあってるのを知っているのか、
という阿部の問いにそうとしか答えを返せないでいる。





















秘密。



そう、小さな小さな秘密だった。








三橋の心から零れ落ちたそれは
まだ受け止めてはもらえずに
ころころと音をたてて転がるばかりだった。




あれはいつのことだったかな。
まだ春の名残があったような、そんな頃。





三橋が泣いていた。
練習は終わっててもう辺りは暗くなっていて、
グラウンドの端で三橋はしゃがみこんでひとりで泣いていたんだ。
「どしてこんなトコで泣いてんの?どっか痛い?」
オレも同じようにしゃがんで、三橋と視線を合わせるようにして
その泣いてる顔を覗き込んだ。
しゃくり上げていて、話せる状態じゃないみたいだった。
「…阿部にいじめられたの?」
三橋はちょっとだけ顔を上げて、すごい勢いで頭を振った。
「ちが…っ」
「じゃ、なんで泣いてんのよ」
と、問いかけつつも答えは求めずに、三橋が落ち着くまで一緒にいた。





最初に会ったころから三橋は泣いていた。
大きな目から涙をたくさん零してた。
不安定で不安定で
そんな三橋のこと、いつも気になってた。





しばらくはそのまんま三橋のすすり泣く声だけが
聞こえていて、オレもそのまんま何にも言わずにそこにいた。





涙と共に、三橋の口から零れてきたのは言葉だった。
「あべくん、が」
「…阿部が?」
「あべくんが、すき」
「……え」
オレがびっくりして黙ってると、
三橋は自分の発した言葉をやっとちゃんと理解したらしく
顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「ごめ ん…、オレ。何、言って」
「三橋」
「あ、う…」
「ねぇ三橋、阿部のこと好きなの?どんな風に好きなの?」
オレの口からもぽろりと問いかけが出てしまった。
どうも考えてることがついつい口から出てしまう。
「…わかん、ない」
「阿部は、三橋の気持ち…知ってんの」
それにはゆっくり頭を振って答えた。
「好きで好きでたまんないの?泣きたくなるくらいなの?」
「あべくんが、すき」





三橋は自分の想いを表現するのに
「好き」の他に言葉を持たないような気がした。





そんな風に純粋な「好き」という言葉に
久しぶりに触れて、すごく自分も切ない気持ちになってしまった。






「三橋の気持ち、阿部にちゃんと伝わればいいな」
「……」
いつのまにか三橋は泣き止んで、じっとこちらを見つめている。
「オレ、誰にも言わないから。2人だけの、秘密だよ」
「…ひみつ」
そう、三橋の気持ち。小さな小さな秘密。
阿部にちゃんと伝わるまでは、2人だけの。



















そして、春が過ぎて夏に向かう頃、
ずっと不安定だった三橋が随分と落ち着きを見せていて。
これはもしかしたら…とずっと思っていた。





そして今日、9組でずっと眠れなかった三橋が
阿部の手を自分の両手で包んで幸せそうな顔して
眠っているところを見て、阿部の三橋を見つめる顔を見て、
それはゆっくりと確信に変わる。





「ほんとのところはどうなのよ。…付き合ってんの?」
にへらと笑いながらそんな問いを阿部に投げかけたりして。
「そういうのが、よく分かんねェんだよ。
お互いの気持ちがあって…それだけじゃダメなのか?」
「うわぁ……そりゃ難しい質問だね。簡単に答えらんないな」
オレは真面目には答えなかったけど、
なんだかすごーくうれしかった。














2人はゆっくりとこんな調子で
お互いの距離を縮めていくのだろうか。
少しずつ少しずつ近づいて。





三橋がいつも笑顔だったらいいなとオレは思う。
いつも阿部の傍で笑顔で。
楽しくオレたちと野球をしてて。











もうあんな風に、
独りで泣かせたくはないよな。





もう2度と。




















水谷は
三橋の幸せをいつも望んでいるのです。
そして栄口のことは自分が幸せにしたいなと
思っているのです。






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2006.5.8 up