いくつかの
「初めて」を抱えて









『初めて』
(2006年4月28日花井お誕生日記念SS)









朝、田島の家まで迎えに行って一緒に学校へ行くのが、
冬からの花井の習慣になっていた。





田島と出会って1年が過ぎていた。
桜の季節はとうに終わってしまっていて
日々濃くなっていく木々の色に
もう春というより夏待ちの季節なのかなと思う。









「悠ちゃんっ」
玄関に花井が姿を見せると、
田島の母が慌てて二階に向かって声を上げた。
「おはようございます」
「おはよう。花井くん、ちょっと悠一郎見てきてくれない?
まだ部屋にいるみたいなの」
「いいっすよ」
「じゃ、お願いね」
そういってキッチンの方へ戻っていった。
めずらしい。
いつも玄関にちょこんと座って、自分の来るのを待っている田島なのに
どうしたんだろう。こんなことは初めてだった。
「…お邪魔します」
寝坊でもしたかなと思いつつ、二階の田島の部屋に向かった。





「田島ぁ、いるか?」
軽くノックをしながら、名まえを呼んだ。
「おう、入っていーよ」
中から声がする。
ドアを開けるとそこにはいつものように練習着に着替えていた田島がいた。
「おはよっ」
「ああ、おはよう。どうした?朝練に遅れっぞ」
「こっちきて、ドア閉めて」
「?」
ドアを閉めて、花井は田島に近づく。
田島は花井をじっと見つめていたかと思うと、
花井の両肩に手を置き、少し体重をかけ伸び上がって
そのままふわりと口付けた。





「梓」
きらっきらの瞳をして、田島は花井の名を呼んだ。
「梓、誕生日おめでとう」
にっこりと笑って、花井に抱きついた。
その腕にぎゅっと力を込められる。
「う、わっ」
ぐらついたのに慌てたが、なんとか倒れないように持ち直した。
今日は4月28日。





春も夏も秋も冬も2人の間を通り過ぎていって
いろんな思いを抱えながら通り過ぎていって
そして出会って2年目の春が過ぎていこうとしている。





誕生日当日に田島からおめでとうと言ってもらったのは
これが初めてだった。
すごくすごく、うれしくなった。





初めてといえば、「梓」と姓ではなく名の方で呼ばれたのも
よく考えれば初めてのことで。
いったいどうしたのかと思って、田島の顔を見つめる。
田島はすごく照れていて、彼らしくなく照れていて
こちらのほうが逆に驚いてしまう。
「名まえ…呼んでみた。イヤか?」
「…たじま」
梓という名まえにはずっとコンプレックスを抱えていた。
つけてくれた親には悪いが、名を呼ばれるのはずっとイヤだった。
だが、田島の口からさらりと出た自分の名は
やはりそのまんま自分を形成してきたその一部だと確認するように、
花井の中に真っ直ぐに入ってきた。
「イヤならもう2度と言わねー」
「…イヤじゃねえよ」
「そう?」
「お前ならいいんだよ」
へへ、と花井を見上げつつ田島は笑う。
「でもやっぱさ、オレは『花井』のほうがいいな」
花井はじんわりと染みてくるうれしさを持て余して
田島の頭に手をやり、くしゃくしゃとかき回す。
「ありがとな、田島」
「んー?プレゼントは購買のパン5つでいいよな?」
「…うち3つはお前が食べそうだな…」
「お、分かる?ちゅーなら後でたくさんしてあげっからさ」
「お前はなあ…」
花井は坊主頭をかりりとかいた。




















出会ってよかった。
お前に出会ってよかったよと、心から思う。








運命も人の縁もそんなにまでは信じていなかった。
けれど西浦野球部との、そして田島との出会いは
運命としか言えないほどに
自分の中の大きいものを変革していって。







大切な人がここにいる、と
花井も抱きついている田島の背に腕を回し
力を込めて抱き返した。
「っおめでと!」
田島はうれしそうに目を細める。





幸せが
あちらこちらから溢れ出る。












「はない、学校行こ」
「ん」
きらっきらの瞳のまま田島が言う。
「野球しよーぜ!」
「おう」
季節がいかに過ぎようとも、自分たちにとっては
やはりそこからが毎日の始まりで。








田島にもらったいくつかの「初めて」を抱えて
花井の誕生日である4月28日も
また始まったのだった。


















「青空シリーズ」翌年の春の話です。

時系列を考えるとこの辺で一区切りなはずです。
この二人の話だけはどんどこ先に進んでいってましたが
ぼちぼち間の話もちゃんと書いていきたいと思います。



花井!お誕生日おめでとう!!





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