その光は
真っ直ぐに差し込んで











『そこにいる月』










夜の10時に泉の携帯が鳴った。





ぴんぴろりん♪とその音は泉の部屋に軽やかに響き
「さっさと電話を取りましょう」と催促をしている。
ディスプレイなど見なくても、誰からの電話なのかは分かっている。
専用の着メロが鳴っている。



ぴんぴろりん♪
ぴんぴろりん♪



電話が来たのが
すぐに分かる変なメロディ。





中学では先輩だったはずなのに
高校に入学したら、突然クラスメイトになっていた。
そんな奴からの電話。





泉はしばらく携帯を見つめていたが
やがて小さく息を吐くと、ようやくその携帯を開いた。
「疲れてんだけど」
こちらの声も言葉も素っ気無い。
『そのお疲れのところ大変申し訳ないっ。10分以内にオレん家まで来て!』
「…疲れてんだけど。スッゲー眠いんだけど」
『いーずみっ。そこを何とか!待ってるね!』
「あっ…切るな!浜田!」
音も声もあっという間に途絶えて、
泉の部屋には再び沈黙が戻ってきた。





くそっ、あのバカっ。
携帯をベッドに放り投げ、その傍にごろんと寝転がる。
毎日の部活で、カラダはくたくたで睡眠を欲していたけれど
いくら目を閉じて意識を飛ばしても、眠ることができなかった。



心の奥底で期待していた
追加の電話はかかっては来ないようで。



むくりと起き出して、上着を抱えて、
そのポケットに携帯も放り込んで、泉は部屋を出た。
そのまま家を出て、徒歩5分の道のりを歩いた。
自分をきっと待っている、
誰かさんがいるその場所まで。



その道のりを
俯いて歩いた。









春、というにはもう随分と気温が上がってしまっていたのだが
夏といってしまうにはまだ早い、そんな季節だった。


















訪れた2階の部屋は意外にも真っ暗だった。
「誰もいないんなら…帰るか…」
「…それはひどい、泉」
開けたドアを再び閉めようとすると、部屋の奥から声がした。
「何で真っ暗なんだよ、この部屋。電気つけろよ」
「あ、待って待って。つけないで」
この部屋の主である浜田は慌ててそう言うと、
南側にあるベッドの側にある、明かり取りの窓のブラインドを開けた。
外からの光が、窓の形に切り取られて浜田の部屋に届いている。





「…うわ、明るい。部屋の横にきんきらのビルでも建ったのか?」
「んなわけねーだろ。ちょっとこっち来てみろよ」
泉はベッドのところまで、床にあるものをいくつか蹴飛ばしながら近づいた。
浜田のベッドに腰をかけて、見上げるとそこに月があった。
窓を額縁にして、ちょうどいい位置に収まっている。





きれいな半月だった。
よく切れるナイフできちんと半分だけ光を削ぎ落としたような
そんな感じの月だった。
言葉もなく泉はしばらく見入る。



「気がついたら、月がそこにいたんだよ」
すぐ真横に浜田の笑顔があって、ちょっとだけ驚く。
「…うん」
「で、泉と一緒に見たかったんだ。だから電話した」
「月を?」
「そ、お月さま」
ふぅ、と泉は息を吐く。
「オレ、疲れてたんだけど。眠いんだけど」
「野球部頑張ってるもんな、泉は。ごめんね、急に呼び出したりしてさ」
「月がこんなにきれいなら、来て良かったかな」
「……いずみ」
「オメーはいなくてもいいけどな」
「あっ、ひどっ。それは酷いっ。可愛い顔して最近言うことがそんなんばっかで。
昔の泉くんはもっと素直だったのにっ」
泉は白々とした視線を浜田に投げつけた。
誰のせいだ、とはあえて言わなかった。
「人は変わっていくもんだろ」とそれだけ返した。
「そだな」と浜田も肯定した。
「いくら望んでもいつまでも同じ場所にはいられねーんだよ」
そんなことを真面目な表情で言ったので泉は悲しくなってしまったのだが、
泣くことも、もちろん笑うこともできなくてただ月を見上げていた。





ただ月光を浴びていた。












月は皓皓と輝いて
その光は
真っ直ぐに差し込んで





いろいろと抱え込んで
重くなってしまった泉の
心まで
照らすように





真っ直ぐに、月は


その光は








そこにあった















まだ応援団の話が出る前ですね。





BGM : Every Little Thing 『azure moon』






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2006.4.7 up