雨の匂いが近づいていた



それが何処からなのか
わからないまま



空を見る








10月の雨色











あのオンサイドキックは
やはり運命のキックだったのだろうか。





わたし、姉崎まもりはただ祈ることしかできなかった。



武蔵くんが帰ってきて、やっと全員揃った
西部ワイルドガンマンズ戦。
あと2点差というところでのオンサイドキック。
最後の力を振り絞って、皆が駆ける。





響くホイッスル。
終了!(ボールデッド)と審判の声。
最後の攻撃権が西武に移る。



後は消えていく時間を
眺めることしかできなかった。
1秒1秒がぽろぽろと零れ落ちていって
…そして、試合終了になる。





まったく道が絶たれた訳ではないのだけど。
まだ先がもちろんあるのだけれど。
それでも。





それでも。
彼は。















準決勝のもう一試合、
王城ホワイトナイツと盤戸スパイダーズの試合が終わる直前に
試合を見ていたわたしは武蔵くんに声を掛けられた。
「姉崎…ちょっといいか?」
促されて、会場の入り口辺りまで出る。





彼は手に自分の荷物を持っていた。
「姉崎は学校に戻るんだろ?」
「ええ、自分の荷物で部室に置いてあるものもあるから。
何時になるのかわからないけれど、1度は戻るわ」
「俺はちょっと親父の所に行かなきゃならないんだ」
「そう、そうよね。今日はお疲れさま。
…帰って来てくれてありがとう。うれしかったわ」
「姉崎」
「はい」
「あいつのこと、頼んだぞ」
わたしは小さな沈黙を落として、武蔵くんの顔を見上げる。
「お前も気がついてるだろう?」
「…武蔵くん」
「たとえ3位決定戦があろうとも、勝率がないと自分ではじき出しても
あのバカヤローは…負けたくはなかったに違いないからな」
武蔵くんの目を見つめて、頷いた。





わたしたちには分かっていた。
彼は、蛭間妖一という人間は。
それでも、負けたくはなかったに違いないのだ。














「だから勝って」とわたしはヒル魔くんに言った。
今となってはその言葉に重いものを感じて。



それを抱えつつ席に戻るともう試合は終わっていて、
飲み物を抱えたところでセナと鈴音ちゃんとモン太くんが
ビデオを持って飛び出していってしまった。



ヒル魔くんのことが気にはなったが
セナのことを放っておけなくて、3人の後を追う。





巨深ポセイドンの人たちを見かけて、
一緒に銭湯に入ることになり
学校に戻るのは少し遅くなりそうだった。








彼は、何をしているのだろうか。
今どんな思いでいるのだろうか。







銭湯を出て、携帯を開くとメールが一件入っていた。
ヒル魔くんからだった。
心臓のそのへんの何処かが急に収縮したような
息苦しさを感じて立ち止まる。
「どうしたの?まもり姉ちゃん」
呼びかけたセナの声に顔を上げる。笑顔を作る。
「セナ、わたし…」
「ん?」
「もう学校に戻るわ。自分の荷物も朝来て置いたままなの、だから」
「ヒル魔さん、部室にいるかな?」
「え、なぜ」
息が、苦しい。
「ビデオ、お湯の中に落としちゃったから。ど、どうしよう」
「大丈夫よ、セナ。わたしからちゃんと謝っておくわ」
セナが抱えているビデオを受け取ろうと手を差し出す。
だが、セナはビデオは持ったまま、片方の手でわたしの手をぎゅっと握った。
「セナ」
「今日は僕たちを追って、ついて来てくれたんだよね。
ごめんね、走らせて引っ張りまわしちゃって」
少し大人びた感じのするセナの眼差しに、わたしは心をうたれた。
4月に泥門高校に入学したときのあの小さなセナは
何処かにいってしまったのだろうか。
そして握った手に力を込めて、
わたしの顔を真っ直ぐに見つめて、セナは言ったのだ。
「ありがとう、まもり姉ちゃん」





皆と別れて、学校へと一人戻る。
もう一度携帯を開いて、メールを読み直した。

『何処にいて何やってんだテメー。さっさと部室に戻ってきやがれ』

メールでこんな風に呼び出されたのは初めてだった。
電話でいつものヒル魔くんの声でなら何度もあったのだけれども。
メールだということに、そこまでは急かしてはいないというその事実に
彼のダメージの大きさを予測してしまって、
わたしは曇った気持ちのまま、その彼の元へと向かった。












空の何処か。



何処からか
雨の匂いが近づいていた。





昼間はあんなに天気が良かったのに
見上げた空には
先ほどより厚い雲が広がっていた。










雨はまだ
降ってはいなかった。












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これの構想は何ヶ月前だったのかな?
ようやくここまで来ました。




2006/3/20 UP



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