ヒル魔は
眠っていたわけではなかった。





確かに目を閉じて考え事をしていたのだが。
姉崎まもりが部室に入ってきたことは
もちろん気がついていた。
「ヒル魔…くん?」
声をかけられたがそのまま動かずに
彼女が傍に来るのを待つ。





彼女の近づく足音。
もう一度自分の名が呼ばれる。
どうしてやろうかと思っていたら、
突然の髪に触れる感触。
彼の髪の立っているところを
そっと撫でられる。





いつも摩訶不思議な言動をする、と
彼は彼女のことを思っている。
だからたいして驚きもせずに
されるがままになっていた。



ただ。
触れられたことで。
心臓の奥のほうに熱が溜まっていく。
じわりと感覚をその熱で焼いて
痛かったり苦しくなったりする。



ざわざわと湧き上がってくるその苦しさに
耐えられなくなって目を開けると
胸の前で祈るように手を握り締める
彼女がいた。








その手首を掴む。








「糞マネ」
そう呼んだら
彼女も弾かれるようにこちらを見た。



視線は外さない。
外してなんかやらない。








「どういうつもりだテメー」
彼がそう問うと、彼女はびくりと体を震わせた。
「ご…ごめんなさい」
それだけいって、後退る。
わけがわかんねーと彼は思う。
「逃げんな、コラ」
手首を掴む手に力を入れる。
掴まれた右腕は上がったまま、それが彼と彼女の距離。
彼女はその頬を赤くし俯いて動かない。
「ケケケ寝込みを襲いやがるとは思わなかったな」
「そんなつもりじゃ」
「どんなつもりだ」
最初から眠ってはいなかったのに、
ついからかってしまうのは、彼の癖で。
彼女は小さく首を振るばかりだった。
言葉はそれ以上何にも出てこないようだった。





舌打ちをひとつ床に落として
彼は立ち上がる。
掴んだままの彼女の手首は微かに震えている。
そんな彼女を包み込むように、
やさしくやさしく抱き寄せた。



「テメーらしくねぇな。何か言いたいことがあったら
言っちまったらいいじゃねぇか。
今日はモップ抱えて追っかけては来ねーのか?」
怖がらせないようにと、力はいれず彼女を包む。
さらりと流れる髪も、柔らかい体つきをも感じ
先ほどからあった胸の痛みは更に増していた。



やはり彼女は腕を伸ばし、彼から離れようとする。
今度は何も言わず彼もその腕を解いた。
だが彼女の手首は掴んだまま離さなかった。
逃げられては、困るのだ。
「やっぱり…花じゃないんだわ」
そう言って顔を上げ、その青い双眸で彼を見上げる。
「ああ?言ってることが何がなんだかさっぱりわかんねぇぞ」
「ごめんなさい」
謝るばかりで話が進まない。
「わけわかんねーって言ってる」
「だからごめんなさいって…」
きゅ、と唇を引き締めて視線を反らし、彼女はまた俯いた。





もう一度舌打ちの音を落として、彼が訊く。
「どうする?糞マネ」
「…え?」
「このまま会議…さぼっちまうか?」
「ヒル魔くん…!」
「テメーが決めろ」





グラウンドにあるスピーカーから
各部の部長を招集する放送が流れている。



彼女は部室のドアのほうをしばし見て、
ゆっくりとこちらに振り返った。













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ヒル魔くん視点。

『向日葵の花は遠く3』に続きます。
次はまた、まもりちゃん視点に戻ります。




2006/1/29 UP



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