抱き寄せられた。
姉崎まもりには彼のそのやさしさが分かった。







「テメーらしくねぇな。何か言いたいことがあったら
言っちまったらいいじゃねぇか。
今日はモップ抱えて追っかけては来ねーのか?」
そのやさしさごと、ヒル魔の腕は彼女を包み込む。
でも言いたいことなんてない。
心臓が痛くてたまらない。じわりと震えが身体全体に広がっていく。
真っ直ぐに向けられるその視線にはたぶんまだ応えられない。
自分の気持ちが何処にあるのかがわからない。



腕を伸ばして、彼と少し距離を置く。
彼の腕はすぐに解かれて、それはそれで少し寂しかった。
なんて我侭なの、と彼女は自分を責める。
掴まれたままの手首が熱い。
その熱が心まで入り込んで、何かが変わっていくのかもしれない。




向日葵の花は遠くにある。





「やっぱり…花じゃないんだわ」
顔を上げて彼を見上げた。
「ああ?言ってることが何がなんだかさっぱりわかんねぇぞ」
「ごめんなさい」
他に言うべき言葉が見つからない。
「わけわかんねーって言ってる」
「だからごめんなさいって…」
視線を反らして、彼女はまた俯いた。



舌打ちの音だけを投げ捨てて、彼は訊いた。
「どうする?糞マネ」
「…え?」
「このまま会議…さぼっちまうか?」
「ヒル魔くん…!」
「テメーが決めろ」




グラウンドにあるスピーカーから
各部の部長を招集する放送が流れている。



彼女は部室のドアのほうをしばし見て、
ゆっくりと彼のほうに振り返った。





「ヒル魔くん、大事な臨時部長会議だって言わなかった?」
「言ったな。後期新生徒会との最初の顔合わせだからなぁ」
「え?」
「気づいてねぇのか?知らねぇはずはねーよな、風紀委員。
文化祭体育祭を動かす前期生徒会と違って、後期生徒会のメインの活動」
「…各部の来年度の予算配分…」
「部の承認やグラウンドや体育館の使用権まで、そのすべてに関わってやがる。
一癖も二癖もある連中相手だ、最初が肝心」
では、回答の選択肢はないも同然だ。
「さぼるつもりもないくせに」
彼女がそう言うと、彼はケケケと楽しそうに笑って愛用のコルトを取り出した。
「ちょ、ちょっと待って、会議で銃器はやめて」
「なーんか糞マネが言ってるなぁ?」
「その呼び方もやめて!」
語気が荒くなる。渦巻く感情が彼女のなかにある。
「……」
彼はそのまま、他にも2、3丁銃を抱えて部室を出ようとする。
「ヒル魔くんっ」
「少しは元気になったようだな?行くぞ」
「あ、もう、待ってよ」



彼はさっさと彼女を置いて出て行く。
慌ててノートやら筆記用具やらを抱えて、彼女も後へ続く。








部室を出て、彼女は彼を追いかける。
背筋がきちんと伸ばされて歩く彼の背中を追う。



追って、見つめて、置いてかれそうになって、
彼女はその足を速めてまた追う。








揺れる向日葵の花の記憶は
過ぎ去った季節の情景とともに
今はもうどこか遠くにあった。





もうそこには
花はなかった。



姿を重ねた彼は
花ではなくて。







男のひとなんだな…と



思ったのだ。



















初の連作でした。
(しかも変わった形の連作…)
いかがでしたでしょうか?




2006/2/2 UP



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