もうそこには
花はなかった



来年の夏に
また逢えるまで



向日葵の花は遠くて











向日葵の花は遠く 1










秋大会が始まると
毎日が目まぐるしく過ぎていく。
姉崎まもりの周囲でも
夏が終わって秋がやってきて
またその秋も冷たく吹き出した風とともに
過ぎていこうとしている。





校庭の片隅で
彼女はひとり立ち尽くしていた。



もうそこには花はなかった。



夏の間、ゆらゆらと大きな花と
黄色い花弁を揺らしながら
そこにあったはずの向日葵が
いつのまにか枯れて
もうその場所には何もなかった。





あんまり自分に余裕がなくて
花がないことにも気が付かなかった。
その黄色の花弁は
少しばかりヒル魔の髪型に色も形も似ていて
撫でると指にあたるその感触が
心地よかったのに。





寂しくなって、沈んだ気持ちになる。
花が枯れただけなのに。
また夏になれば
その花には逢えるのに。



「しっかりしなきゃ」と自分に言葉をかけて
彼女は部室へと足を向けた。



















部室を覗くと、彼の姿が視界に入る。
今日はこれから部長会議がある。
参加するのは彼女と彼の二人なので
他のメンバーはもう練習を始めていた。





「ヒル魔…くん?」
足はいつものようにテーブルに投げ出して
壁に凭れかかって、腕を組んで…。
だが目は閉じられたまま、動く気配がない。
眠っているのかなと思う。



悪魔も今日は静かだ。





彼女は彼の傍まで来て
もう一度名を呼ぶ。
やはり返事はなくて。



記憶にある向日葵の姿が
彼と重なる。



そして触れたくなった。



彼女は手を上げて彼の髪、
その高いところにそっと触れ…そして撫でた。





本当はずっとこうしたかったのかもしれない。
あの夏の日からこうしたかったのかもしれない。





彼はいつもいろんなことに頭を使って
10年以上先までも見通すような勢いで。
体も勝ち抜くために鍛え上げて
心もきっと張り詰めて。





ほんの少しでも楽にしてあげたいが
彼女にできることは限られていて
焦れつつも、傍にいる。






会議まではまだ後少し時間がある。
この静かなひとときが続きますようにと
彼がまだ目を覚まさないようにと
彼女はは手を離し、胸に持っていって握り締め
そっと祈った。







向日葵の花は遠くて



あの時重ねた彼の姿も
まだまだ遠かったのだけど。



今は
手が届くくらいの近さに
彼の姿はあった。



もしかすると
心まで届くのではないかと
勘違いしてしまいそうになるほどに
お互いの距離は近かった。




























「糞マネ」
呼ばれて意識が跳ねた。



彼の目は開いていて
彼女をじっと見つめている。



いつのまにだろう。
胸に置いた手、
その手首を掴まれていて。







動くことが、




できない。









Next→『向日葵の花は遠く2』







『向日葵の花は遠く2』に続きます。
1はまもりちゃん視点のお話。


ヒル魔くんは絶対に最初から
起きていたと思われます。





2006/1/26 UP




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