白くて薄くて
青い空に溶けてしまいそうなのに



温もりが伝わって
その存在の重みを感じて














『ぬくもり』










学校図書館という空間は
いつも独特の雰囲気を持つ。






風は澄んでいて、少しずつ冷たさを感じるようになっていた。
冬も近づいている、そんな秋のことだった。








今日はミーティングが早めに終わったので
巣山は課題についての調べものをするために
すぐに図書館に向かった。
なにせ平日は5時までしか開いていないのだ。
普通の練習がある日はなかなか行けないし
昼休みは人でごった返していて
なかなかゆっくりとは調べものはできにくい。
放課後は人もそんなに多くはなく
自分と同じで勉強のために
図書館を訪れている生徒が多いので、割と静かだ。






図書館の奥、歴史関係の書架のところで
日本史の教師から渡された課題のプリントを片手に
目当ての図書を探していた。
図書を1冊づつ抜き出して、
探している情報があるのかを確認していく。






誰かが近づく気配がしたと思ったら
突然に。
巣山は背中に人の重みと温もりを感じた。
「……水谷?」
背中に寄りかかってるであろう人物に、
巣山は振り向かないまま声だけをかける。
こんなことを自分に対してやる人間は
今のところ水谷しかいない。
静寂を破らないように小さな声で言う。
「水谷だろ」
「おおあたり」
背中と背中をぴったりと合わせる格好で、2人はいる。
図書館の隅。






「動けないぞ」
「動かなくてもいーよ。しばらくそのままでいてよ」
2人っきりというわけではない図書館だというのを
分かっているのかいないのか、それでも水谷は明るく言い放った。
「お前な…」
「…くっついてたら、暑い?」
「いや暑くはないけど」
「…重い?」
「ちょっとな」
「…嫌?」
「嫌じゃねェよ」
自分から仕掛けてきたくせに何気にしてんだと、巣山は思う。







もう秋の終わりで風も冷たくなってきていて
くっつかれても暑いわけじゃない。
背中にかかる体重はちゃんと加減されているようで
重さを感じるけれどたいしたことはない。



加えて、嫌なんてことがあるか。







水谷は巣山にとって…
友達で野球部の仲間で、そして月なのだ。
昼間の空にふわり浮かぶ、白い月。




夜の世界に在れば
どちらかというと冷たいイメージがある月なのに
背中全体に感じるのは温もりで。
その温度に水谷の存在を確認できる。
あの空のとおくではなく、ここに、
自分の傍に居ると確認できる。
「巣山」
囁くような水谷の声がした。
「…ありがと」
その言葉と同時に、背中にかけられてた重みが無くなる。
温もりはそれでもまだ微かに残っていた。





振り向くと、水谷の顔が近くにあった。
ふわりと笑った。
それは巣山が気に入っている笑顔だった。
「巣山は、図書館で何してんの?何か本借りんの?」
「や、課題の調べもんなんだけど…」
手に持ってるプリントをひらひらと振る。
「ふーん」
「お前こそなんで?」
「オレ?」
水谷は1歩下がって少しだけ上半身を屈めて、
じっと巣山を見つめて言った。
「オレはね」
「ん」
「…巣山を追っかけて、図書館まで来たんだよ」






びっくりして、巣山は何度も瞬きをする。
「そうなのか?」
「そうだよ」
水谷は答えながらも笑顔を崩さない。
照れてしまって、巣山もその頬に赤みを乗せた。
「え…と、じゃ…さ、水谷、調べもん手伝ってくれよ」
「…え」
今度は水谷が驚いた表情をしていた。
変なこと言い出したかな…と思う。
「嫌か?」
「じゃないけど」
「閉館時間までに終わらせたいんだ。コンビニのケーキ奢るよ」
「ほんと?やるやるっ」
声の明るさに巣山は安心する。
「じゃ、プリントのこっち側…、できれば貸し出しできる本で探したいんだ。
百科事典や教科事典じゃなくて、この辺の棚で」
「何のケーキにしようかな♪」
「…水谷…」
「分かってるよ。頑張る」






にこにこと幸せいっぱいに笑う水谷を見て、
空にある白い月のその白さは
水谷の好きな生クリームの色なんじゃないかと
その水谷の横顔を見つめながら、巣山は思っていた。





ケーキを美味しそうに食べるであろう水谷の笑顔を楽しみにして、
さっさと課題を終わらせてしまおうと
またプリントに視線を戻す。












背中で感じていた微かな温もりだけは
まだ巣山の内に、感覚として残っていた。



















しろいつきの

ぬくもり





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2006/5/25 up