『つきのかけら 3(テノヒラ)』












大きくて厚くて、そして男っぽい。
自分に向かって差し出された巣山の掌のイメージは、
彼の最初の記憶として、オレの何処かに刻み込まれている。





「大丈夫か」
そうかけられた声は、彼の姿から予想される通りに低く
傍で聞いたらすごく心地よく感じた。
よく通るバリトンだった。





西浦高校野球部での1日目に
情けなくもグラウンドで転んでしまったのは自分で。
それを助け起こそうとしてくれたのが巣山だ。





差し出された掌に、自分の掌を重ねて。
掴んで温もりも感じて。





出会いだった。
あれは出会いの春だった。












いつも鮮やかに思い出されるのは、掌の記憶。
色褪せないで、ずっと抱えたままでいた。


























その彼の掌で
あんな風に触れられるとは、思ってもみなかったのだ。





何でも包み込めてしまうような、巣山の掌は
オレのこめかみの辺りに触れ
その脇の髪に触れて、ふいに頬まで下りてきた。
「髪に触る」と言ったのは巣山のほうだったのに
髪にはあまり触れないままで、指先は頬の上を滑る。





その掌の持つ温かさはきっと、あの春の日と変わらなかった。
向けられる瞳の色は優しくて。












なのに。
自分の内で湧き上がってくる、苦しさがある。







どうしよう。











どうしよう。





息ができない。











*

「あかいつき」の水谷視点の一部。
詩で書いていた「テノヒラ」を書き直して載せました。





2006/5/19UP



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