Happy birthday to you.











『おたんじょうび』
(2006年4月6日巣山お誕生日記念SS)









桜はもう葉桜になろうとしていた。
このへんの桜は地球温暖化の影響なのか、
最近は春休みのうちに満開を迎えてしまう。
小学校に入学した時は、桜吹雪の中だったのに、
今では散ってしまった後の桜ばかりだな、と、
オレ、巣山は緑の色を増やした桜木を見つめた。





4月の初めが誕生日だと、進学進級などで
新しい友達ができたころにはとっくに過ぎ去ってしまって。
だからなのだろうか。
昨年の三橋の誕生日に、すでに過ぎていたオレと花井の誕生日まで
歌を歌って祝ってもらったことがすごくうれしくて。
いまだにあの時の情景はいい思い出として心に残っている。





あれから1年たって、新設された西浦高校野球部の面々は
誰ひとり欠けることなく、そろって2年に進級していた。



まだ誕生日前の春休みの話。










「すーやまっ」
まだ夕方というには早い時間、ミーティングが終わった後に、
いつもの笑顔で水谷が声をかけてくる。
「おう」
「ねェ、勉強教えてよ、課題テストちょっとやばそうで」
「相変わらずの古典か?」
オレの問いかけにコクコクと頷く。
「オレ、どうもいっつも古典文法にケンカ売られてるようなんだよね。
いっつもただ売られてるだけじゃ、空しいじゃないの。
たまにはそのケンカ、買ってやりたいよ」
「…古典、勝つ以前にケンカ買えてもいないのか…」
「ダメ…かな?」
膝を縮めて上目遣いで顔を覗き込む水谷が可愛くて、
その額をぺちと軽く叩いた。
「水谷、…家族いるかもしんねェけど、オレん家来るか?」
「へへっ、いいの?行きたい!」
あんまりうれしそうに笑うので、オレもつられて笑う。







オレたちが付き合いだしたのは
まだ肌寒い春を待つ季節だった。






突然に水谷から告白されたのは
雨のバレンタインデーのことで。



あの雨の音も、
かけらひとつのチョコの甘い香りも
水谷の揺れてる瞳も囁くような告白も…
思い出すと今でもふわりと浮くような感覚に捕らわれる。






後で水谷が言うには、
あの告白は決死の覚悟でしたものだったのに
どうもオレの鈍さのせいで、その後も
いろいろと傷つけてしまったような気がしている。
泣きじゃくる水谷に「付き合おうか」といったのは
自分からだった。
そのとき季節はもう冬ではなかったが
まだ桜を待っていた。






いつのまにか桜は咲いて


咲いて咲いて、散って。



咲いて、散って散って。













同居の祖母に水谷はらしく明るく挨拶をしていた。
他の家族はまだ帰宅していなかった。
その後にオレは自分の部屋に案内する。
「狭い部屋だけど、そのへん座ってろよ」
「うん」
部屋に水谷を招きいれたのは初めてで
散らかしてはいないけれども、やはりすごく緊張した。
「コーヒーで…いいか?」
「そだな、牛乳と砂糖をたくさんぶちこんだコーヒーだとうれしいな」
「…それをただのコーヒーというのかは疑問だな」
「ふふ…ありがと」
笑顔の水谷にちょっと待ってろと言い残して、オレはキッチンに向かった。






部屋に二人っきりという状況は
部室などでは今までにも何度もあったけれども
自分の部屋となればまた特別だ。
付き合ってるとはいっても、
まだ二人、手をつなぐぐらいがやっとで
キスどころか抱き締めることすらなかなかできなくて。
意識し始めたら、逆に手を出せなくなってしまったのだが。
考えただけで顔が火照ってしまう。
「いかんな、照れる…」
独り言を小さくオレは落とした。






「シンプルな部屋だよな〜、なんか心地いー」
水谷はベッドの傍の床に体育座りをしていた。
膝に顔を乗せて、目を閉じている。
「そうか?ほら、コーヒーと砂糖入り牛乳、温めて良かったんだよな」
「ありがとう」
笑顔でカップを受け取る。
オレはミニテーブルを水谷の前に出して、
自分の分であるブラックコーヒーを置いた。
そして向かい合って座る。



カバンをごそごそと探っていた水谷が
取り出したのは1冊の本だった。
「ほら、ちゃんとマドンナ持ってきてんだよ、やる気あるよオレ」
手に持っているのは古文の副教材の『マドンナ古文単語230』。
「7組、それでなんか課題出てんのか」
「う…出てる」
「まあその本語源から覚えられるから、面白いよな…。
加えて文法もやるんだろ?」
「…やります」
俯きつつ、小さな声で水谷は言う。
「どした?最近頑張ってるじゃねェか」
「うん、オレ、頑張るんだ」
「水谷」
「…だってお前に追いつきたいよ。
いつも追いかけてるだけじゃ辛いよ。勉強でも…野球でもさ」
「もう逃げねェのか?」
野球部の他の誰も知らないだろうが
水谷は1度不安を抱えて現実から逃げることを考えていた。
「巣山。逃げない勇気をくれたのはお前だろ?そんなこと言うなよ」
真面目に言い返されて、その分戸惑った。
「わり……オレも古典はそこまで得意じゃないから
一緒に頑張ろうな。始めるぞ」
「はぁい」
水谷は手を上げてそう答えた。
彼の明るさはほんとにその場の空気を和ませる。






それから1時間ほど経っただろうか。
さすがにお互い(特に水谷の)集中力が切れてきたので
少し休憩をいれることにした。
「お茶にすっか。牛乳のお代わりいるか?」
オレは立ち上がる。
水谷は返事はせず、背をベッドに預けて
足を伸ばして手も伸ばして
目の前のミニテーブルをずずずと押した。
「巣山」
上目遣いにオレを見つめてくる水谷の、
その揺れる瞳に視線が外せなくなる。
「横…来てよ」
「…おう」
やはり抗えなくて肯定の返事をした。
水谷の横に腰を下ろすと、
俯き視線は逸らしたまま、オレの服の袖を掴んでくる。
頬に赤みが差しているのが見れて、ああ可愛いな、と思う。
空いているもう片方の手で、袖にある水谷の手を包み込んだ。





しばらくの沈黙の後、水谷は口を開いた。
「ね、巣山。プレゼント…何か欲しいものある?」
「え?」
「誕生日、すぐだろ?
オレん時、ケーキが欲しいっていったらくれたじゃないか。
だからなんか欲しいもの…あるかなって思って…」
「物じゃなくてもいいなら、あるよ」
オレは即答した。ずっと言えなくて、欲しかった。
今なら、言えるかもしれない。
「なに」
「お前の、歌が聴きたい」
「うた?」
水谷はびっくりしたらしく、顔を上げてこちらを見た。
「歌う声が聴きたい」
「そんなもんでいいの?」
「オレにとってはそんなもんじゃないんだよ」
秋の日のあの極上の風とともに、ふわりと鼓膜を通して
舞い込んできた水谷の歌。
同じ歌でなくてももちろんよくて、
ただ歌う声がもう1度聴きたかった。



水谷は真っ赤になりながらも、こちらに肩を寄せてきた。
掴んでいた手を離し、腕をまわして組みなおす。
オレの肩にそっと頭を乗せてくる。
柔らかな髪の感触にくすぐったさを覚えた。





そして。
小さな声で、自分だけに聞こえるくらいの小さな声で歌いだす。



















Happy birthday to you.





昨年野球部の皆が歌ってくれたあの曲を
水谷がオレひとりのために歌う。
鼓膜から進入してくるその歌声に
体全体が痺れるような感覚を味わう。






「ちょっと早いけど…お誕生日おめでとう。…好きだよ」
歌い終わって、水谷は笑顔でそう言って
ますますぎゅっとしがみついてきた。
ああ、可愛い。
どうしてこんなに可愛いんだろうって思う。
「オレも…お前が好きだ」
「すやまぁ」
「ずっと、好きだからな」
オレは水谷の肩に腕をまわし、
その腕に力を込め、抱き寄せた。











幸せだった。



オレは水谷が好きで、彼も自分を好いてくれて
それだけでもこんなに幸せだった。



人によって恋愛に対する考え方は違うと思う。
オレはゆっくりゆっくり水谷と一緒に歩いていきたいと思う。
焦ることだけはしたくなかった。











まだまだ長い
人生は長い







今オレの傍に白い月はあって
笑顔を見せてくれていて





春の桜木に花が咲いても
緑の夏に風が吹いても
秋に枯葉が舞い散っても
雪の白が冬の世界を染めても





月は空にあって
いつも空にあって





水谷はオレの傍にいる
きっとずっと傍にいるんだ












たいせつな


オレのしろいつき



















しろいつきが

すきで





4月6日 巣山!お誕生日おめでとう!



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