もしも自分が太陽になれるのなら








『ふたつ』














意識の99%まで野球に取り込まれている高校2年の夏に、
それでも最後の1%でオレ、巣山は水谷を想っていたかった。




出会った春から季節をくるりと一回転させて、尚且つそれから先へ進んだ。
再度の夏が来た。
太陽が精一杯世界を愛でている。




付き合い始めてからしばらく経つが、自分にはニブイところが多々あって、
気がつかない内に水谷をたくさん不安にさせているような気がする。
それに加えて、水谷自身を大事にしたいとはもちろん思うのだが、
どうも好き過ぎるとその相手をいじりたくなってしまうタチのようで、
また水谷の泣き顔が見たいこともあっていろいろといじめてしまうのだ。
これではまるで小学生の時に気になっていた女子に対する態度と一緒じゃないかと、
そこまで思い至って頭を抱えてしまう。
けんかも少しはするようになった。
水谷はオレに嫌われたくないといろいろと気持ちを抑えてしまっていたようで、
それがちょっと納得できない時もあった。
最近はイヤならイヤだとちゃんと言うようにもなっていて、
それで小さなけんかもするのだが、
素のままの水谷に触れることができてうれしかったりもするのだ。
ただプロテイン絡みで反撃するのは勘弁してほしいのだが。
行動パターンもここ数ヶ月で粗方読めてきた。
この昼休みの暑い最中に、またあかんべいをして水谷は逃げている。




雲が空全体に広がってはいるが、今日もよく晴れていた。
学校内、水谷が隠れる場所はそんなに多くない。
追いかけてほしくて逃げているようなもので、
「隠れる」という表現は本当は少しおかしいのかもしれない。
携帯は電源を切っているようだ。
どうしてもこの昼休み中に顔が見たい。
この時期エアコンが入って涼しい図書館にはいなかった。
屋上も一回りしたがその姿を見つけることはできなかった。
流れる汗もそのままでオレは駆けている。
蝉時雨。
蝉時雨。
音が降る。
羽を広げたひとつの蝉の影が目の前の地、木の影の間を横切っていく。
降り注ぐ音を浴びつつ、万葉の庭と呼ばれている中庭まで来た。
木々が生い茂るその中を巡ると見慣れた後姿があった。
水谷だ。
「水谷!」
声を掛けたらあっさりと振り向いた。
怒っていたんじゃなかったのか。
追いかけて来たのがうれしかったようで、目を細めてにっこりと微笑んでいる。
近寄ろうとしたのだが、オレはそのまま足を止めてしまった。
空を見上げる。
視線を下ろして水谷を見る。




世界に月が、ふたつあった。




「すやまあ、お月さん!」
水谷が指を1本立てた手を頭上に伸ばした。
空が透けて見えそうなくらいに薄い色の白い満月があった。
雲の間に漂うそれはオレが好きで、いつも空の空間に探し続けているものだ。
今日は水谷を探すのに頭が一杯で、空をちゃんと見てはいなかった。
そして今までに白い月は何度も見たが、
水谷の姿とほぼ同時に視界に入れたのは今日が初めてだった。



ぼんやりと見ているとゆらり雲が動いて月の姿を少しずつ隠していく。
まるであまり見るなと言わんばかりに。
代わりに先程まで雲の向こうにあった太陽が顔を出していた。
きっと太陽は月に恋をしている。
空に浮かぶ白い月は太陽のものなのだ。
昼も夜も照らし続けるほどに大事に愛でている。
もしも自分が太陽になれるのなら、
同じように優しい月を昼間の空でも自分の傍に置きたいと思う。
本物の月も、オレにとっての月である水谷も。








視界に影が差した。
オレの顔と頭を擦っていくタオルの感触と水谷のにおい。
「汗、いっぱい流れてる」
水谷は自分の首に掛けていたスポーツタオルでオレの頭を包んで、
横に垂れた端の部分で顔を拭いている。
「お前のせいだぞ」
「知ってるよ」
「まだ怒ってんのか?」
「どうかなあ、怒ってたはずなのになあ。
追いかけて来てくれる巣山の顔見たらうれしくていっつもどうでもよくなっちゃうんだ」
えへら、と笑ってそう言う水谷の頭を、オレはうれしくなってただ撫でた。
「すーやま?」



愛しい。



2人だけではない昼休みの中庭にも拘らず、
目の前の水谷を抱き締めたくなってしまっている自分がいる。
落ち着きたくて1歩の距離だけ離れた。



愛しい。
愛しくて、可愛くて、いつでも傍に置いておきたい。
オレの水谷。
オレだけの水谷。



「月、雲に隠れて見えなくなっちゃったね。
キレイな満月、もちょっと巣山に見せたかったのに」
背後の空を振り仰いで、水谷はそう言葉を零した。
「ああ、残念だけどな、いいんだ」
「いいの?」
「……オレの傍には、お前がいるから」
これだけ太陽の下にいるのに他のヤツらに比べて白すぎるほどのその頬が、
ほんのりと赤く染まるのを見た。
触れたくて、オレは手を伸ばす。








月はいつでも空にあり、
世界の終わりの日まで太陽と共にあればいい。
真昼には淡く白く、夕暮れには朱の色に染まり、
夜闇の中では鮮やかに輝いて。
好きだと思う、その気持ちは変わらない。




月が太陽の傍にいるように、
水谷はオレの傍にいてずっと笑ってくれるといい。
真夏の時間、まるで雨が降るように蝉の鳴く音が落ちてくる中で、
オレはふたつの月を想っていた。



これまでも。
そして、きっと、これからも。


ずっと。







想うのは、
オレの、白い月。






END








しろいつきが

ふたつ






ここまで読んでくださってありがとうございました!





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2008/7/24 UP