誕生日の夜。
傍らに、月。








『かたわらに』

(2008年4月6日巣山お誕生日記念SS)












月が見えない夜だった。



オレ、巣山にとっての月、
夜空ではなく青空の下で白く輝く月は、傍らに居た。
この辺りの桜はもうそのほとんどの花弁を散らしてしまった。
ここしばらくの花冷えの大気に晒されていて、
もっとこの月は冷たいのかと思ったがそうでもなく、暖かい。
水谷が抱きついている背は温もりを感じて暖かく、感触は柔らかい。
何故だろうと思う。
水谷が声を殺して泣いている理由が分からない。






4月6日の誕生日の夜、水谷の部屋だった。
水谷の家族にオレの誕生日だからと豪華な夕飯をご馳走になり、
気が付けば泊まっていくことになっていた。
朝練はあるので夜が明けるまでの短い時間だったが、
それでも惚れた相手と一緒にいれるのがうれしかった。
オレの分のフトンを水谷の部屋に持ち込んだ後「座って」と言われ、
フローリングの床にそのまますとんと腰を下ろしたら背に抱きつかれた。
「……水谷?」
泣いている気配があって、だが思い当たる事柄はなくて戸惑う。
「もしかしてまだ揺れてたりすんのか……?」
水谷は否定も肯定もしなかった。
新年度は始まっていて、オレ達は2年生になった。
たった10人だけの部員、篠岡まで入れると11人の和の中に、
新しい仲間が入っていく。
水谷は自分の居場所にずっと不安を持っていた。
「なあお前さ、お前」
「……」
「夜の月のようにそんなにも明るく光らなくてもいいんだよ。
青空の下、白く淡くお前らしく光っていればいいじゃないか」
オレは月に例えてそんなことを言ったけれど、
背に触れている水谷の頭が左右に動いているようで、
自分の掛けた言葉が見当違いらしいということに気が付いた。
「お前顔ちゃんと見せろよ」
水谷の腕を無理矢理剥がして、振り返った。
向き直って水谷ときちんと向かい合う。
傍らに居る月は、赤い色をしていて朧に見えていた。
水谷の朱に染まる頬や潤んだ目を見ると、自分の内に知らず熱が篭る。
湧き出す甘い疼きをオレは押し留める。
想う相手の可愛さに衝動のままに触れたくなる気持ちを抑える。
水谷を、大事にしたいのだ。
何も焦らなくていい、2人でゆっくりとこれからの日々を歩んでいきたかった。
泣かせてしまうのは決して本意ではない。
「泣いてんのはオレのせいなのか」
その問いには答えは返ってこなかった。
「……巣山に、触れて、いい?」
小さな小さな声で、少しばかり震えが混じる声で水谷はそう言った。
オレは笑顔になる。
「好きにしろ。お前のもんだ」




伸びてきた掌に坊主頭をするりと撫でられる。
ああ、刈りたてだったんだっけと思う。
膝立ちの状態になった水谷の、その顔を片膝を立て間近で見上げる。
涙目のそれでも彼は笑顔になって、愛しさが音も無く胸に広がる。
思い返せば、刈りたての頭を触りたいと水谷が言ってきたのが、
すべての始まりではなかったか。
視界に影が差して、覆いかぶさってきたと分かったのはその一瞬後だった。
頭に水谷の唇が触れるのを、地肌の感触で気付いた。
思わず後退さろうとしてその頭を両腕で抱え込まれる。
「動かないでよ」
「お、おい」
「『好きにしろ』って今言ったよね?」
オレは押し黙った。
言った言葉には責任を持ちたいと思うので、動かずにいた。
水谷の唇は頭に軽く触れつつ、こめかみに移動した。
腕はいつしか解かれていて水谷の指の存在だけを耳の後ろで感じている。
感触はさらに項に移ってどうしようもなくそこら辺が熱い。
目を閉じたら、言葉が降って来た。
「ちゃんと目、開けて。オレを見て」
水谷の顔が数センチと離れていない程に間近にあった。
腕は項の後ろで組まれているようだ。
視線は逸らせるはずもなかった。
時折夕刻に見る赤い満月のように、目の縁も頬も、唇も赤かった。
「すき」
甘い声は溶けつつ、オレの鼓膜を通り進入していく。
「巣山、すき」
オレは熟れたように赤い水谷の唇を、衝動のままにただ塞いだ。
余りにも甘く、柔らかく、五感のすべてが水谷に浸食されている。
微かに震えている水谷が愛しくてたまらなくて、
口付けを更に深くした。







傍らには水谷がいる。
オレは抱き込んで離さない。







寝転がる水谷の頭を、ベッドを背にして伸ばした自分の足の上に置いて、
オレは彼の持つ柔らかな髪を梳いていた。
指を伸ばしてくれば、自分の指をそれに絡めた。
少し掠れた声がオレの名を紡げば、誘われるままに軽いキスを落とす。
「巣山が、さ」
「ん?」
「……オレとの関係をゆっくり進めていきたいってのわかる。わかるんだけど。
でもせっかくの誕生日なんだよ?恋人同士、なら、キスくらいあげたいよ」
「水谷」
「ほんとはオレが巣山を押し倒すつもりだったんだけど、……勇気が出なくて」
「おい、まさかそれで泣いてたのか」
水谷は笑って、小さく舌を出した。
「結果的に、誘っちゃった」
「……」
「誕生日おめでとう」
何度も聞いた水谷の声での祝いのメッセージ。
柔らかい笑顔もセットでついてきて、今まではそれだけで幸せなはずだった。
だが1度触れたらそれだけでは物足りなくなってしまう。
「あげたいもの、あるんじゃないのか」
水谷が息をのむのが分かった。
唇を引き結んで水谷は起き上がる。
「『好きにしろ』って言ったよね?」
「ああ、言った」
「じゃ、目ェ瞑って」
オレは言われたとおりに目を瞑る。







青空にほわりと浮かぶ白い月の姿を思い浮かべながら、
水谷の唇が重なるのを待った。






誕生日の、夜。

















しろいつきは

かたわらに



巣山、お誕生日おめでとう!




次に書く『ふたつ』が最終話になります。





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2008/4/6 UP