まるでその笑顔は
青空の中
柔らかい色を持つ月のよう



しろいつき
その存在に気がついてしまった










『しろいつき』










仰ぎ見た空は秋の色をしていた。
雲は夏のそれとは違い
うすくうすく流れている。
熱い夏は、終わっていた。





巣山が朝練のために早い時間に玄関を出ると
西方の空のまだ高いところにまるい月を見つけた。
世界は既に明けていて、その月は
光のトーンを落として白く淡く光っていた。



太陽から受ける光はきっと同じものであるはずなのに
背景が夜の闇であるのか、明けた青空であるかで
その明度が違ってくる。
地球には自転の関係でいつも同じ面を見せている。
月はきっと何時でも何処にいても
何も変わってはいない。
その位置と背景によって、形や大きさ、色という
見た目だけを変えていく。





巣山はしばらくその白を見つめていた。


月もまた、こちらを見ているような…
そんな気が少しだけした。











部室に入ると水谷がもう来ていた。
「おう、早いな水谷」
「はよ。1番は阿部、もう出てる。
…オレは目覚ましをかけ間違った」
「はは、たまには早くてもいいじゃないか」
水谷はすでに着替えて、髪をちょいちょいといじっている。



ふわりと柔らかそうな髪に、整った容姿と
醸し出す雰囲気の明るさや人当たりの良さには
そこら辺の女子の人気も高く、
水谷はかなり注目を浴びているようだ。
それらは自分には持っていないものばかりで
少しうらやましく感じるときもあったりする。





着替えようとロッカーを開けると
水谷がじっとこちらを見ている。
「?…どうかしたか?」
「巣山」
水谷は巣山の傍まで寄ってきて、言った。
「お願いがあるんだけど」
「…何だよ」
「頭、ちょっと触らせて」
「はァ?」
「ダメかなぁ」
「いや、…いっけど」
何故こんなことを言い出すのかについては
心当たりがあったので、あえて肯定はしてみた。
「では」
水谷が笑顔でこちらに手を伸ばす。



後頭部、うなじの上方に
掌が置かれてさらりと上に動いていく。
神経のすべてがそこに集まってしまったようで
指1本すら動かすことができない。



まだ早い時間ではあるが、今誰かが部室のドアを
開けたらどうしようかとそんなことを思っていた。





頬に熱が集まってくる。
「刈りたてだろ、巣山」
「おう、昨日な」
「刈ってすぐのこの感触って特別なんだよなー」
そう言いながらまだ触っている。
いい加減、照れる。
「…みずたに」
「あ、うわ、ごめんっ」
水谷は慌てて手を引いた。
うなじをかすめて風が通り過ぎた。



子どもの頃から坊主頭だった。
一番似合ってたし、洗うのも楽で。
刈りたての感触はそういえば母親も好きで
よく床屋に行った日は頭を触りたがっていた。
今じゃ絶対に触らせないけど。



久しぶりの手の感触には、やはり照れる。
それは決して嫌じゃなくて。







「ありがとう。
1度巣山の触ってみたかったんだ」
水谷はそう言って、ふわりと笑う。
前からこんな笑い方をする奴だっただろうか。





その笑顔に、出掛けに見た
白い月の姿が重なる。



夜が明けても
柔らかな光を投げかける月が
巣山の心の中にその存在を残している
あの白い色が
水谷と重なる。















どうしようか。


あの青い空だけではなく
自分が立つこの地で


白い月を見つけてしまった。










しろいつき

みつけた





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2006.2.19 up