2月14日だった。



雨が降っていた。
降る音は微かに
意識の何処かに響いていた。














『あまいかおり』
(2007年バレンタインデー記念SS、再録)















学年末試験前で部活はなく巣山は教室で帰り支度をしている。
バレンタインデー独特の喧騒はこの時間にはさすがに場所を移し、
教室は人影も疎らで静かだった。
窓際の席からは雨が降る、グレーのフィルターをかけた外の世界が見える。
「巣山」
名を呼ばれて振り向くと甘いかおりがした。




目の前には水谷がいて、巣山が座るその斜め横に立っていて
四角いチョコをひとつ指で摘んで目の前に差し出している。



ふわりとした笑顔は彼の持ち物で。
「口開けて」
柔らかいトーンのその声が鼓膜を通して体に入る。
「…水谷?」
「はい」
そのかおりと彼の笑顔には抗えなくて、口を開けた。




彼の指から口の中に入ってきたものは
思ったより柔らかい。
思ったより甘くない。
甘いのはかおりだけで鼻腔を擽り、抜けていく。






「美味いな」
「そう」
彼の笑顔は一層ふわりふわりと柔らかくなる。
「誰かから貰ったのか?」
「それは貰ったもんじゃないよ」
「お、そうなのか…?」
貰ったものではなければ、自分で用意したものなのか。



巣山は戸惑ったまま、彼の揺れる瞳を見つめる。
何故オレに…と思う。
それとも、そんなに深い意味はないのだろうか。








彼は俯いて目を伏せる。
長めの睫が小さく揺れる。




「好きだよ」
そう囁くような声が届いて。








もう雨の音も聞こえなくなっていた。



早鐘のように鳴る鼓動と、
口の中に残る甘いかおりだけを感じていた。



















しろいつきの

あまいかおり


このまま『あまいゆび』に続きます。

*
初出
『風洞』さま
ちょうど1年前の今頃、
「風洞」の風音さんにバレンタインプレゼントに差し上げたお話でした。
(サイト開設前です…)
大事に飾ってくださっててうれしく思っています。
初めて書いた巣水で、「しろいつき」シリーズはここから始まったのです。
やっとここまで話が追いつきました。




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2007/2/14 UP