どんな形でも月なのだ。














『つきのかたち』
(2007年1月4日水谷お誕生日記念SS)















水谷の誕生日が1月4日だと知ったのは
12月の冬休み直前のことだった。
しかも親の口からで、それがなんだか占いの話で
巣山は「へー」と落ち着いた相槌を打つ。
プリン占いにも焼肉占いにもまったく興味がないが
何息子らを占って遊んでるんだと、ただそれだけを思う。
相変わらず水谷のトコととうちとは
余程気が合っているのか、母親同士仲が良すぎる。
電話も携帯メールも一緒にお出かけもしょっちゅうで
携帯から見るインターネットの占いサイトめぐりに
最近では嵌っているらしい。





水谷の誕生日。
知ったからには、何かしてやりたいなと漠然と思っていた。








冬休みに入った夜に課題の範囲の件で
水谷から電話があった時に訊いてみた。
「年明けたら誕生日なんだって?」
『……何で知ってんの?』
「親」
『ああ、そっから?つーか何でそっから?』
「プレゼント、欲しいものとかあるのか?」
問うたら、返事の代わりに沈黙が返ってきた。
「え、と…水谷?」
『ありがとう…。気持ちだけで、うれしい』
小さな声が携帯の向こうから返って来た。
それでも何か形にしたかった。
「何か、ないか?」
『そうだなあ。ケーキが食べたいな、お誕生日ケーキ。
コンビニのケーキでいいからさ』
「おう。じゃ、3日に会おう」
『え?』
「練習4日からだろ?当日は部のみんなもいろいろ考えてるだろ。
だからその前に1度会おう」
そう言ったら、再び沈黙が返ってきてどうしたのかと思う。
「水谷……どうした?」
『ありがとう』
「まだ何にもやってないぞ」
『それでも、ありがとうだよ、巣山』





オレん家で会おうよ、と水谷が言うので
正月早々水谷の家にお邪魔をすることになってしまった。
母親からはお年賀の品に加えて、
水谷への誕生日プレゼントまで預かっていた。
それはペンギンのぬいぐるみで、高校生男子のプレゼントには
どうかと思うのだが、水谷はそういうのも喜びそうだった。
だんだんと家族ぐるみの付き合いになってしまっているが
それは案外悪い気分じゃなかった。
お誕生日プレゼントがコンビニのケーキじゃあんまりなので
ちょっと遠出になってしまったが美味しいと評判の
ケーキ店まで足を運んだ。




そこで、思いもかけず
「しろいつき」を見つけた。












水谷の部屋で、彼を前にして小さなケーキの箱を巣山は置いた。
紅茶を抱えてきた水谷は、傍から見てもわくわくの様子で
その箱を開けて、それはうれしそうににっこりと笑っていた。
ペンギンは早々と水谷の横にその座を確保されていた。
「すごい…真っ白」
水谷が言葉をそれだけ落とした。
小さかったけれど、丸くて真っ白なケーキだった。
生クリームだけのデコレーションで曲線の模様が模られている。
銀色の粒がばらまかれていて、それが光ってとても綺麗だった。
店で表示されていたケーキの名まえは『Full moon』。
月の名まえを持つそのケーキは、まるで水谷のようだった。
白くて白くて、本当に綺麗だった。
「1日早いけど、お誕生日おめでとう」
「…ありがとう、巣山。うれしいな…」
「喜んでくれて、オレもうれしいよ」
「でも、食べちゃうのもったいないよね」
ナイフを両手で握り締めて、じっとケーキを見つめている。
「あの、さ。巣山」
「ん?」
「半分、親と姉貴に分けてあげても…いっかな?」
「いいさ。お前にあげたもんだから」
水谷の家は本当に親子の仲が良い。
若い母親と姉に囲まれて話しているのを見ると、
水谷の持つ柔らかい雰囲気と優しさが何処から来たのかが
分かるような気がしている。
「うーん…」
しばらく水谷は悩んでいたが、やがて意を決したのか
箱を抱えて「切ってもらってくる」と部屋を出て行った。






戻ってきた時には、箱の中は半月になっていた。
「半月になっちゃったな」
巣山がそう呟くと、目をまるくして水谷は問うてくる。
「…月?」
「『満月』の名まえがついてたんだよ、それ」
「うわー、確かにそんな感じだよね。お月様かあ」
にこにこと笑っている水谷を見て、巣山もうれしくなる。
「水谷、ケーキは全部1人で食っちまっていいからな」
2つずつ用意されている皿とフォークを見て、巣山は言う。
淹れられた紅茶はりんごの香りがしていた。
「え、なんで」
「お前が食べるとこを見ていたい」
「や、でもさ」
「喜ぶ姿を見たいからプレゼントってのはやるもんなんだよ。
お前ほんとコンビニのケーキでも幸せそうに食べるじゃないか。
その姿が見たいんだよ」
「……うん」
水谷は素直に頷いて、ナイフをもう一度握り締めていた。
普通に放射状に切るのかと思っていたら、
半月の切り取られた直径に沿ってナイフをいれている。
残された形は三日月だった。
「へへ…三日月」
「ああ、ほんとだ」
「いただきます」
小さく手を合わせて、水谷はフォークを刺した。
「うわあ…おいしい…」
その幸せそうな笑顔が、
今も何処かの空にあるだろう月の姿を偲ばせた。







月の形は日ごとに変わろうとも
空にある月はいつも同じ月で



柔らかく淡く
そして優しく光っていて。






「巣山はさ」
「ん」
「甘いもの、あんま好きじゃないの?
コーヒーも紅茶も砂糖はいつも入れないし。
みんなの誕生日のお祝いの場以外で
甘いもの食べてるトコあんま見たことないし」
「……まあな」
嫌いというわけでは決してないのだが
その実、確かに甘いものはあまり食べなかった。
「バレンタインのチョコとかどうしてんの」
「お前じゃねーんだから、義理でちょっとしか回ってこないぞ」
回ってくるという表現が既に本命じゃないということなのだが。
「オレも、義理チョコは…毎年どっからか来るけど。
だから、もらったのはどうしてんの?もらって放置?」
「食べてない。…チョコ好きの母親が引き取ってくれてるよ」
「ふにー……」
ケーキを口に運びながら、水谷は微妙な相槌をうつ。
「お前は生クリームが好きなんだよな」
「うん。子どもの頃、生クリームだけ作って食べたこともあるよ」
「それはすごいな」
残ったケーキの形はもう三日月ですらなく、新月に段々と近づいていた。
全部をすっかり食べ終わって、水谷は再び手を合わせた。
「ごちそうさま。お月様のケーキ、美味しかった」
「お前に似てたよ、そのケーキ」
そう言ったら「ありがと」と照れながら返してきた。
「晩御飯、食べてってね、巣山。んでちょっと宿題教えて」
「一応持ってはきたけど、まさかあんま進んでないとか言わないだろうな」
「本当は言いたくなかった…けど」
「水谷!明日から部活も始まるんだぞ」
「うわーんっ」
ペンギンのぬいぐるみを抱えていじけている
水谷も可愛かった。
うれしくて楽しくて、笑顔になる。










水谷の喜ぶ顔が見たかった。
だから巣山もその望みがが叶って幸せだった。










月の形は日ごとに変わろうとも
巣山の目の前で笑う月はいつも同じ月で




柔らかく淡く
そして優しく光っていて







それは「しろいつき」
大切にしたいと思っている月だったのだ。











お誕生日おめでとう。





















しろいつきの

かたち


水谷、お誕生日おめでとう!!




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2007/1/4 UP