ただ「好きだ」と感じた。
似ているのか、そうでないのかは分からない。










『紫木蓮』










昨日は我らが主将、花井梓の誕生日。
オレ、田島も野球部のみんなも何度おめでとうと言ったかわからない。
お祝いしそこなった昨年の分までたくさん言った。
もちろん歌も歌った。
おめでとう。おめでとう。



空を見上げると青の色、その色の質量が増していて
段々と夏が近づいてくる。





昨日はあんなにうれしそうに笑っていた花井が
今日はミーティングの後のオレん家で、
オレの英語の課題テキストを片手にして怒ってる。
……うん、怒ってるな、あれは。
「たーじーまー。……お前この1年間何勉強してきたんだ」
2年生になってすぐの課題テストは超ヒサンな結果だった。
特に英語。そう英語。とんでもなく英語。
思い返せば学年末の数学の成績がこれまたひどくて、
阿部の集中講義を受けてなんとか持ち直したというのに、
英語まで手がまわんなくてご覧の通り、今花井は怒ってる。
クラスの数人にだけ特別課題が出たほどだ。どんだけ悪かったんだろう。
一応反省の色を見せて、黙って項垂れてみた。




頭をぽふとテキストで軽くはたかれる。
見上げたら花井の顔が間近にあって、その顔をみて「好きだ」と感じた。
じわりと。
じわりじわりと。
こんな感じ、覚えがある。




どういう基準で「好きだ」という感情を抱くのか。
惹かれているものがあった。
似ているのか、そうでないのかは分からない。
並べてみたら分かるのかな。
きっとまだ、そこにあるだろう。




あの花。









「なあ花井。休憩がてらにお散歩行かね?コンビニとかさー」
畳の上をごろんと転がりつつ、お伺いを立ててみる。
「まだ1時間しか経ってねーぞ」
「あんま急にいろいろ詰め込むと、単語がどっかから出ちゃうっ」
花井をじっと見つめて、反応を待った。
バンダナを巻いた坊主頭を掻きつつ、花井は立ち上がり眼鏡をはずした。
「……しゃーねーな……。ほら、起きろ。コンビニ行くんだろ?
今教えたトコ、歩きながら耳から落とすなよ」




太陽の光が眩しい。
もう寒くもまだ暑くもなくて、肌を撫でてく風も心地良くいい季節だなと思う。
花井はこんないい季節にうまれたんだな。
玄関から外に出て、庭を抜けて左に曲がればコンビニへの道筋だけど、
敢えてオレは右に曲がった。
「……?田島?」
オレは駆け出した。ちょっと入り組んだトコにあるけど道は覚えている。
「ちょ、待て。コンビニの道が違うだろ、田島!」
「こっちこっち!」
花井が追いかけてくるのを待たずにさらに駆ける。
コンビニは後でもいい。
まずは花井と一緒にあの場所に行こう。
会いに行くのだ。
名前も知らないけれど、「好きだ」と感じた。
あの花に。







オレが立ち止まったのは、住宅街の一角にある和風の大きな家。
庭の塀からすぐのところにお目当ての木は植えてあった。
この辺は小学校の時の裏道で先日久しぶりに通ったのだった。
その木にはたくさんの花がついていて、白をベースとし、
優しい紫色に染め上げられた花弁が青い空に向かって開いている。
見上げた空とその花たちのコントラストが映えて、
見ていると湧き上がる思いがある。




「紫木蓮だな」
追いついた花井が、息を切らしつつそう言った。
「シモクレン……?」
「紫色の木蓮。白木蓮と区別するためにそう呼ばれることもあるけど
普通に木蓮っていったらこの花だな。地球上の最古の花木って言われてるらしい。
紫って『シ』って読むんだぞ。その辺から分かってっか?」
ううう、あんまり分かってない。
ハクモクレンの『ハク』って白だよな?
「紫色なのかな、ピンクにも見えっけど。大体、花井は何でそんなくわしーんだよ」
「……や、ばあちゃん家にあるんだよこの木」
「優しい色、してる」
「ああ。見慣れたヤツはもっと紫って感じだけどこれは結構色薄い」
「花井がうまれたのとおんなじ季節に咲くんだな」
「……そうだな」
花井を見上げた。オレをを見てふうわりと笑っている。
怒っている顔より、笑ってる顔のほうがいいよ。
じわり、じわりと気持ちが湧き上がる。「好きだなあ」という気持ち。
どうしよう。
「好きだ」と感じるものが二つ並んでいて幸せでたまらない。
だからだろうか、ちゃんと口に出して言いたかった。
「好きだ」
言葉は声になる。



「オレ、この花が好きだ。でさ、きっと花井に似てるから好きなんだ」



オレがにこにこ笑顔でそう言うと、照れたのか花井はちょっと頬を赤くしていた。
「……田島」
「確かめてよかった。やっぱ、好きだなあ、どっちも」
「あのな。あんまご近所の、しかもよそ様ん家の前で好き好き言ってんじゃねぇ」
「だってさ、ほんとのことだし……花井?」
花井は踵を返して歩き出していた。今度はオレのほうが慌てて追いかける。
「さっさ買い物してお前ん家戻るぞ」
「お、おう」
「話の続きは帰ったら、ちゃんと聞いてやっから……。
オレは外であんま恥ずかしい台詞は言いたくないからな」
「それって……はないっ」
期待していいのだろうか。
「好きだ」と花井本人に向かってもう一度ちゃんと言ったら
同じ言葉を返してくれるのだろうか。
うれしい。うれしい。
あんまりうれしかったので、花井にぎゅっと抱きついてしまった。
「うわ。だからっ、そこで抱きつくなっ」
オレを振り払い、逃げる花井を更に追いかけながら、
『紫木蓮』と呼ばれる花を振り返った。



「また会いに来っから」



優しい色をした、大好きな木の花。
青空を背景に、春の終わりの風にゆらり、揺られていた。






END















紫木蓮(木蓮)

滑らかなラインを持ち
高貴な色でそこに在る。




花井誕生日企画「花祝」さまに参加させていただきました作品です。
テーマが花、というのがもうもうすっごくうれしくて。
シリーズ外のハナタジは初めて書いたので、結構どきどきでした。
ちなみに大好きな7組3人息子。
基本は阿部が白木蓮。花井が紫木蓮(木蓮)。水谷が桃のイメージです。
みんな木の花♪
(作品によっては違ったりもするのですが)


素敵な花井に出会える「花祝」さま跡地はバナーからどうぞ♪
『花祝 2007』さま








2007.5.21 up