風に揺れて、自分の心すら揺らして、
「花」なのだと気付いた。








『薄』










「月見をしよう」と言い出したのは泉のほうだったと思う。



せっかくの十五夜だし、2人で月を見ることができたらいいなと思っただけなのだが、
月見団子を作ると浜田が言うので一気にわくわく感が増す。
昼も夜さえも野球三昧の日々だが、日常の小さな隙間にお楽しみはあってもいいだろう。








「なんだよこれ」
カバンを自室に投げ、風呂に飛び込み、
出掛ける直前に泉が母親に渡されたのは両腕に抱えるほどの薄の束だった。
「今から良郎くん家、行くんでしょ?お月見するんなら持って行きなさい。
もらいものだけど」
「これでチャリ乗れって言うのかよ」
「抱えて歩いていけばいいでしょう?もし泊まるんならメールよこしなさいよ」
あっさりと返され、泉はふくれっ面のまま玄関を飛び出した。
母親が言うには、薄が秋の風に揺れるのを見るのが小さい頃から好きだったらしい。
確かに今でもそうだけど。
いつまで子供扱いなんだと思いつつ、小走りで浜田の家へと向かう。
揺れる薄の穂が顔に当たってむず痒い。
それは顔を寄せてくる時の浜田の長めの髪のようだった。



浜田のちょっと長い髪がマウンド上で風に揺れるのを覚えている。



まだ覚えてんのか、と泉は自分の記憶を苦々しく思う。
今更未練でもなく、かといって希求でもなく、折に触れて思い出す。
思い出は綺麗だと誰かが言ったが、まだまだ泉には切ないだけだった。







浜田の部屋、南側の掃き出し窓からは綺麗な満月が見えていた。
「三方なんて洒落たもんはないから、お皿でごめんね」
球ではなく、少し天地をつぶしてある形のお団子が並べて盛ってある。
薄は大きめの花瓶があったらしく、それに全部突っ込まれていた。
「食えりゃ、なんでもいーけど。これって15個しかねーの?」
「十五夜だから、お供え分はね。泉が食べる分は他にもあるし、
晩飯に肉じゃが作ってあっけど、そっちももちろん食うんだろ?」
「団子が先な」
「月見をしてからねそれは」
そう言って浜田は小さな盆に乗せていた、湯呑のひとつをこちらに渡してくる。
湯気が立ち上る。
濃い緑茶が入っていて、少し啜るとその熱さで喉を刺激した。
夜の空に浮かぶまんまるな月を、暫し2人で見入る。



開け放たれた窓からは風が入り、薄の束と浜田の長めの髪を微かな音とともに揺らす。
揺れる様を泉はしばらく黙って見ていた。
手を伸ばして、一瞬だけ躊躇して、それでも手を伸ばして薄の穂先を軽く撫でた。
「泉、覚えてる?それ『花』なんだって」
「それ」、と薄を指して浜田が口を開く。
「ああ、秋の七草、古典の授業、……だっけ?穂がどうとかって」
「そうそう、せんせが言ってた。薄のこれは穂のような形で咲く花なんだって」
花に穂と書いて「花穂(かすい)」と呼ぶのだという。
国語の古典の授業で教師はよく話を脱線させるのが常だったが、
春の七草と違い、秋の七草は食べるもんじゃなく眺めて楽しむもんだと力説していた。
そのあたりで出た話のひとつではなかったか。
桔梗もそういえば秋の七草のひとつでもある。
女郎花、尾花(薄)、桔梗、撫子、藤袴、葛、萩。
全部ぶちこんで七草がゆにして食べるのは確かに無理があるな、と泉は笑みを漏らす。



「ほら、泉、あーんっ」
気が付いたら目の前に、浜田の長くてちょっとごつい指に挟まれた団子があって、
泉が素直に口を開いたらそのまま中に押し込まれた。
甘すぎなくて、食感ももっちりとしている団子がとても美味しい。
あんこやみたらし餡をかけたら更に美味しいだろうと思う。
「ん、うめー」
「ありがとさん」
足を前に投げ出して座っている浜田の笑顔が目の前にあって、自分もうれしくなった。
だからだろうか、身を乗り出し手を伸ばして浜田の頭を撫でてみた。
「なんか薄に似てねえ?この髪」
「……犬みたいだとは言われっけど」
「あー、そうだな!でっけーワンコロを撫でてるみてえ」



月の光に照らされ、風に静かに揺られている薄も、
そして目の前にいる浜田も、どちらも愛しく泉は思う。
どちらも泉にとってはいつからか「花」で、その花にきっと恋をしている。



しばらく撫でて満足したので、次の団子を取りに行こうと立ち上がり、背を向けたところで
背中側から長い腕が回ってきて、抱き寄せられた。
「もう、なんて可愛いの!!」
そう叫びつつ、浜田が首筋にキスを落としてきたのに泉は狼狽し、ちょっと待てと思う。
なんだか恥ずかしくてたまらなくなったのだ。
「団子、団子を食わせろ!」
「もうちょっとだけ!」
「てめーはいい加減にしろっ」
片足を振り上げてそのまま後ろへ、浜田の向こう脛辺りを蹴った。
「いてっ!ひどい泉くんっ」
浜田が腕を離し後ろに一歩下がったのを認めて、泉は振り返った。
両手の指を広げ、浜田の顔を挟み込むように髪に埋めて自分の方に引き寄せる。
そして触れるだけの小さなキスを頬に落とした。
泉にとっての精一杯は、今はまだそこまでだった。



顔を赤くして呆けている浜田を横目に、泉は団子を次から次に口に放り込む。
「……肉じゃが、あっためてくる」
ふらふらとキッチンへ向かう浜田の後姿を泉は見遣って、
薄の束をもう一度だけ撫でてみた。
あまりにも精一杯過ぎて、まだ心臓の鼓動は跳ねている。





今日のこのひとときも、やがて思い出になっていくのだろう。
いろんなことで日々揺れている自分の心も、泉は嫌いではなかった。



花を見て幸せになれる。
泉はそんな、恋をしていた。












END










浜田、お誕生日おめでとう!











2013.1.13 up
(2012年12月19日浜田お誕生日記念SS)