怒った顔が似ているといったら、
更に怒るだろうか。


その蕾に。








『桔梗』










まだ季節は日常にいろんなものが詰め込まれている夏だった。
今日の夜の帳は既に下りていた。



「いーずみっ」
泉家の庭先で、奥にいる泉の素振りが一段落するのを待って浜田は声を掛けた。
最近では夏休みだからなのか、何度となく泉家の夕飯に呼ばれるようになっていて、
今日もそうで後片付けを手伝った後の時間である。
こちらに視線が投げかけられるのを確認して、
持っていたスポーツドリンクのペットボトルを投げる。
「サンキュ」
素っ気ない礼だったが、浜田にはそれでもうれしいと感じる。
自分のペットボトルも開けつつ、庭の奥へと進んだ。
自分の定位置である腰が下ろせるくらいの大きな庭石がある場所まで、
泉の横を抜け移動する。
「浜田っ、ちょ、待った!」
泉から大きな声を投げられた。



「星を倒すなよっ!」
「え?何?星って?」
浜田は宙を仰いだが、生憎今日は昼間から空全体が雲に覆われていて、
今も星のひとつも見えはしなかった。
「ちげーよ!そこの鉢、足元!」
慌てて足元に視線を移す。
家から漏れ出る光に映し出されている、そこにあったいくつかの鉢を見る。
倒しそうなくらいにそれらは足元近くに存在していた。
この間ここに来た時にはなかったような気がするのに。
植えられていたのは青紫色をした星の形の花、……これは、桔梗だ。
咲いている花も少しはあるが、咲く直前の蕾の状態のものが多く、
それが浜田にはとても可愛いものとして思えた。
蕾の状態では花びら同士が風船のようにぴたりとつながっている。
そのため 『balloon flower』という英名を持つ桔梗。
なんとなく、ふくれっ面をした泉に似ているような気がする。
「どしたの、この桔梗?」
「そんな名前なのか?これって。星とかじゃねーの?
親戚からもらったみたいなんだけどさ」
「ほらよく家紋とかにあるよね、桔梗って。秋の七草のひとつじゃなかったっけ。
昔ばあちゃん家にあった、これ」
「へー。七草話は古典の授業ん時に聞いた気がすっけど」
泉の声を耳に入れつつ、浜田は蕾のひとつに指先で触れた。
撫でるように指を静かに滑らす。
感触に心地良さを感じて何度も撫でていると、泉が近寄ってきた。
「何やってんだおめー」



上半身を倒してこちらを覗きこみ様子を窺う、そんな泉が可愛くてたまらない。
浜田は衝動を抑えきれなくて、泉の頬にも指を滑らした。
「……っ、触んなっ」
ニキビ跡を気にしているのか、急に後退さる。
つるりとした感触よりは、蕾に感触が似ている今の泉の頬が好きだった。
ふくれっ面の泉が目の前にいて、本当に似ていると再確認する。
花に似ていると告げたら更に怒るだろう。
耳元に顔を近づけ、浜田はほとんど息だけの声で囁いた。
「……ここでキスしていい?」
「ちょ、オメー!バカかっ!こんなトコで何言ってんだっ!?」
泉は自分の声の大きさに驚いたのか、家族が現れないかと家の中を見遣る。
薄明かりの中でも十分に分かるほど、泉の頬は赤かった。
「冗談だよ」
可笑しくなって、浜田は笑った。
もちろん冗談などではなかったのだが、
余りにも狼狽する泉の姿を見ただけで、今この時は満足できていた。



早く花が開かないかなと思う。
この桔梗も、泉も。
蕾をつついてしまうこともできるのだが、
桔梗のように水を出して壊してしまうのは嫌だった。
互いの思いは確認しあってはいるものの、そこから足踏み状態でなかなか先へは進めない。
けれど、焦らなくていい。
蕾を潰してしまわないように。
桔梗のそれが緑から青紫へと色を変化させ、やがて花弁を開かせるように。
いつかは来る花開く、その瞬間をゆっくりと傍で待ちたいと思う。
大事に大事にしたかったのだ。



「いーずみ……」
笑いはまだ漏れ出たままで、もう一度だけと頬に触れた。
逃げないことに浜田は驚きつつも、数度撫でると泉に手を掴まれた。
そううまくはいかないかと思った途端に、柔らかい感触が浜田の皮膚感覚を刺激する。
掌にキスされたと気がついた。
なんて可愛いことしてくれんの、と浜田は感激し、自分も頬に熱を持った。
「素振り、再開すっぞ!!おめーはそこで見てろ!」
「はいはい」
照れた泉の顔は更に赤くなっているだろう。







花開く日も、そう遠くはないかもしれない。
今ここにいる自分の毎日が、なんて幸せな日常だろうと浜田は思った。








END










泉、お誕生日おめでとう!











2012.11.29 up
(2012年11月29日泉お誕生日記念SS)