『door 2』 |
夏が残していった湿気を追い払うかのように、 ここ数日は北の方角から乾いた秋風が吹いている。 十五夜も過ぎて、日々西に沈んだ太陽光を反射する月の光量が少なくなってきた夜の世界は、闇に街灯の明かりも建物も紛れてひっそりと佇んでいる。 風の音にも他のすべての音が溶け込んでいく。 そんな日は、花井には田島が傍にいるような気がしてならない。 バイトから帰宅し、アパートのドアノブに手を掛けたまま、花井は後ろを振り返った。 世界に溶け込んだ闇がそこにはあって田島の存在は無いはずなのに、探してしまうのは何故なのだろう。 「そこに、いるんだろ?」 発した言葉とは裏腹に、いないことの確認だけはしておきたくて、とりあえず風の音に問いかけた。 月明かりの夜に突然の再会だったのだ。 ドアを塞ぐようにして、田島が座り込んでいた。 だが田島はすぐに去っていき、自分を訪ねてくれた久方ぶりの友人に、花井は自室のドアを開くことさえ叶わなかった。 余りにも突然すぎて、自分を訪ねてくれた理由すら分からない。 あの懐かしい高校時代のようにじゃれついてくるわけでもなく、それどころか一言も言葉を発さずに花井の前から去って行った。 去った後もメールも電話も待つだけ待って、こちらからはできずにいた。 何か言いたいことがあったのか、それともただ会いたいと思ってくれただけだったのか、田島の心意を図りかねたままの現在がある。 思い出はすべて、心の中の箱に入れて仕舞っているはずだった。 だが先日の突き刺さる田島の視線とあっさりと振られた手が、映像として記憶の隅に残り続けている。 彼はもう一度現れるのだろうか。 花井は振り返ったままで、「たじま」と世界に声を落とし、 誰もいない部屋のドアを開けた。 |