『door 1』 |
いつまでも暑さが残る秋に向かう季節だった。 空に浮いている月が丸みを帯びると共に、ようやく朝晩の気温は下がっていき、秋の気配を其処彼処に感じることができている。 夜になって空にある雲は月光に照らされながらも世界を横断するように流れて、もう夏のそれではなかった。 そういえば、昼間の空の青みもここ最近は薄くなってきたような気がする。 丸い月を視界の端で追いかけて、花井は駅からの道程を歩いていた。 大学に入り、妹たちもいたためその際に当たり前のように家を出ていた。 通学は歩きでも大丈夫な程良い近さにアパートを借りている。 2年目の秋である。 長い夏休みがようやく終わろうとしている。 バイト先は一駅ほど離れたカラオケやアミューズメントパークを併設したスタジアム店舗で、接客業は苦手ではなく、シフトの希望が細かく出せるところが気に入っていたりする。 今もその帰りだ。 朝早いのも、夜遅いのもあまり気にならない。 野球一色だった高校時代に比べると、余りにも穏やかな日常が続いていた。 皆は、元気でいるだろうか。 アパートの近所は街灯もあり、暗いわけでは決してなかったが、満月の頃を過ぎた月の明かりが更に夜を明るく見せていた。 自分の部屋のドアの前に、誰かが居る。 気づいて花井は眉根を寄せつつ近付いた。 ドアを塞ぐように座り込んでいた人物の目の前に立つ。 「……田島?」 顔を上げたのは田島だった。 「はないーっ」と自分の名を呼ぶ声や、自分に向かって振られていた手と離れて、もう幾年幾月が経つのだろう。 高校を卒業した時には、半身をもがれたような気がした。 そのくらいには近い距離感の中に居た。 居たはずなのに、大学に入ってからは連絡を一切取っていなかった。 それは向こうもそうで、互いが互いを振り切って新しい世界に踏み出そうとしていた。 何故ここに居るのだろう、とか、何故住んでいる場所を知っているのだろうとかの、問いを投げかけることも叶わずに、花井の思考はぐるぐると周り続けている。 田島は唇の端に微かに笑みを覗かせて、立ち上がった。 また背が伸びた、瞬間花井はそう感じて、離れていた時間の長さを実感する。 田島は真顔で自分を見つめ続けている。 わざわざ自分を訪ねて来てくれた友人を部屋に入れ、コーヒーくらいは淹れようと花井はドアノブに手を掛けた。 いや、実際には掛けようとした、という表現が正しいのかもしれない。 手首近くの腕を掴まれ、更に田島の視線は突き刺さってくる。 ゆっくりと首を彼が振るのと、腕への力が解けるのが同時だった。 手は卒業の日の別れの挨拶のように、ひらひらと振られた。 「田島っ!」 積もる夜の闇も、降る月明かりの粒子も花井の声すらもすり抜けて田島は去っていく。 だが、ただ別れを重ねたわけでは決してなかった。 再会は確かにここが起点で、田島は花井の前に再び現れることになる。 |