『腕枕』










2人だけの部屋で、2人だけの夜だった。
叩けば砕ける音が聞こえるのではないかと思うほど、
冷え切った冬の、闇に堕ちた世界の空気は窓の外に佇んでいる。



恥ずかしくて水谷はベッドの中で巣山に背を向けていた。
眠れなかった。
眠れるはずもなかった。
でも心配をひとかけらもかけたくはなくて、
眠ったフリをする。
巣山の吐息はやがて寝息に変わり、静寂は訪れる。



重くはないのだろうか。
「腕枕で眠りたい」と言ったのは、確かに水谷のほうだった。
だが実際には巣山の腕の感触に、心臓の鼓動は跳ねてばかりで
眠りを掴まえることができていなかった。



人生の中で出会ってしまった大事な人の寝顔を見たくて、
水谷はそっと寝返りをうつ。
巣山の手が急に動いたので起こしてしまったのかと、
身を縮めて、息を潜めて瞼を閉じた。
頭を優しく撫でられる感覚に、驚いて水谷は再度視界を部屋に戻す。
「巣山」
微かな音だけを紡いで巣山の名を呼ぶ。
でも反応はなく、巣山は水谷の頭を撫で続けている。
もしかすると寝ぼけているのかもしれない。
眠っていても、水谷のことを大切に思ってくれているのだろう。



頬に熱が上がってくる。
「好き、だよ」と水谷は声に出した。
この感情をこれ以上抱え続けたままだったら、
しまいには泣き出してしまいそうだった。






大好きな人の腕枕で眠れる幸せを
水谷はただ噛みしめる。



部屋には今まで向き合えなかった本当の自分が落ちている。
「そのままでいい」と言ったのは巣山で、
おかげでその「自身」を水谷は見失わずに、この部屋に留めておけるのだ。





2人だけの部屋で、2人だけの夜だった。












シリーズ「In this Room」
水谷、お誕生日おめでとう!

この話は2006年に書かれていたものを
ファイル整理で発掘し、リライトしたものです。








2011.1.4 up
(2011年1月3日水谷お誕生日記念SS)