『応援』












庭の足音に気付いて振り返った泉に向かって投げられたのは、
ペットボトルのスポーツ飲料だった。
最近ハマり始めた銘柄で、それを知っている人間はまだ少ない。
素振りをしていた手を止めて、一気に呷った。
喉に流れ込む冷たさは、その夜までに抱えていたいろんな感情をも、
一緒に自分の内に流し込まれていくような錯覚に襲われ身が竦む。
夏の夜の闇の中、室内の灯りが泉がいる庭まで届いて、
その明るさを頼りに浜田の表情を追う。
礼のつもりで片手を上げたら、浜田も同じ仕草を返した。
同じペットボトルを浜田も持っていて、それは開けもせず、
大きめの庭石に腰を下ろしていた。




まだ夏の真っ盛りのこの季節に、泉にとっての、
西浦高校野球部にとっての夏は、夏大の今日の試合に負けて終わってしまった。
試合が終わった後、学校に戻ってから仲間が出した「これから」の
大きすぎる目標に焦りがないかと言えば嘘になる。
焦りから来る悔しさを泉は自分自身に向けていた。
現時点で届かないものはあるだろうが、
いつまでも意識のレベルで負けていたくはなかった。




浜田は座り込んだまま、泉が素振りをするのをただじっと見つめているだけだった。
何も言わなかった。そういえば現れた時から一言も発してはいなかった。
慰めの言葉はいらなかった。
学ランに身を包んで汗を流し応援の場にいた彼は、
きっとプレイしている自分達と同じ思いを共有していたと信じている。
だからこそ言葉はいらなかった。
負けてしまったけれど、今までにもらった応援席からのたくさんの声、
掛けられた言葉も叫びも記憶に沁み込んで、それらは「これから」に向かう糧となる。




バットを置いて、浜田に近付く。
流れる汗はそのままに、息はすぐには整わないが。
座り込んでいる浜田を泉は見下ろした。
「……いろいろ、ありがと」
言いたかった。言わなければならなかった。
頷いた浜田の、自分に向けられるその優しい眼差しに泉は胸を熱くする。












そこには無言の応援があった。















END






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再録です。
サイト開設2周年記念アンケート御礼小話でした。







2008.6.8 ブログ「Under the Sky」初出
2009.1.10 サイトup