『掌の上 (Classmate inside)』
(2010バレンタイン記念)








世に飛び交うチョコレートが凍り付いてしまうのではないかと思うほど、
その日の空は冷えていた。
いくら冬はオフシーズンでも日曜日に部活は休みになるわけはなく、
例えそれがバレンタインデーだとしても決して例外ではない。



練習と皆でコンビニ後のもうとうに暗くなった夜道で、
阿部が花井に渡されたのはピンクの色セロファンでくるまれた小さな包みだった。
掌に乗せられそれは収まるくらいに小さく、
ハート型の赤いカップに入ったチョコが2粒見えている。
上には小さなコンペイトウや銀の粒が乗っていて、彩りとなっている。
2人は自転車を引いて帰路を歩きつつ、短い時間、2人きりの逢瀬を楽しんでいた。
「や、妹たちが作ってんのを手伝ったらさ、」
「手伝うって何だよ?」
阿部は目を丸くしてそれだけ問うた。
「手作りチョコってチョコ刻んだりすんのが結構大変なんだよ」
「へえ」
「バイト代にといくつかもらったんで、お前に」
「ふーん。これって友チョコっていうのか?」
手袋の右手は自転車のハンドルを持ち、左手で包みを転がしながら阿部は更に問う。
しばらく黙って静かに花井の返事を待った。
「……うーん、それでもいいか」
複雑そうな、小さな小さな声を上げつつ花井は唸る。
「良くねーのか」
「あのなあ阿部。逆チョコとは思ってくんないのかお前は」
「ああ、今はいろいろあんだよな」
「そうみたいだな。いい時代かもな。
母さんが自分の小学校の時のバレンタインは、
本命チョコしかなかったのにって散々零してたもんなあ」
男同士で気軽にチョコが飛び交っても、
特におかしくはない時代で良かったのかもしれない。
休み時間に水谷辺りは、
たくさんチョコを持ってきては女の子たちにばら撒いていたようだ。
こういう行事は阿部にとっていろいろ面倒で、
カバンに突っ込んでいる義理だの水谷から降ってきたチョコの数々は、
きっと開きもせずに自宅のダイニングテーブルにぶちまけるのだろう。



掌の上。
花井にもらったチョコレート。
赤くて細いリボンの端を引いて封を開ける。
「おめーがもらったんだろうが」
その内の一粒を花井に投げて渡す。
「阿部、オレの分はまだ家にもあんだけど」
阿部は花井の言葉を耳には入れず、
もうひとつのチョコをアルミカップからはずして自分の口に放り込んだ。



花井の阿部に対する気持ちはきっとこのチョコの中に溶け込んでいる。
冬の大気で冷えて固まり、掌の上に存在していたそれを口の中で溶かして、
その気持ちをちゃんと取り込もうかと思う。
「ありがとな」
阿部が次に投げつけたのは、
たった5文字の言葉と残された包み紙とカップのゴミだった。
なのに花井は満面の笑みをその顔に湛えていて、
だからこそそんな花井を阿部は好きなのだと思う。



付き合い始めてまだ間もない2人の初めてのイベントだった。
阿部は掌の上に小さく存在していた花井の気持ちの結晶を、
身体にも心にも入れて大事にしようと思ったのだ。








END













バレンタイン2010年記念でした。
本編の「1」よりはちょっと後の話になりますね。
このシリーズ最初に出来た話は次(次っていつだっ)に書く予定の「2」(阿部視点)なのになあ。
お待たせし続けてごめんなさいですっ。










2010.2.14 up